« 事故と負傷の経過 VI | トップページ | バナナとほうれん草とチーズ »

2009年2月28日 (土)

書籍紹介 『失敗百選』

 この『失敗百選 −−41の原因から未来の失敗を予測する−−』(中尾政之。2005 森北出版)という本は、書籍というより事典に近いものであろう。
 帯には「すべての失敗は、たった41の原因から起こる」とある。が、「たった」と言われても、41というとけっこう多い気がする。この頃理工系の世界でよく言われる「失敗学」を説いた書なのだろうが、単に「失敗」と書いてあるし、「全国民必読の書」などと立花隆氏の推薦文もあるので、生活から社会まであらゆる面での失敗が採り上げられているのか、と思って買ってみたのだが、残念ながらそうではなかった。

 中尾氏は機械工学が専門の東大教授である。従って、関心が工学・技術上の失敗に集中するのは当然だろう。

機械の“失敗の三兄弟”は,疲労,腐食,摩耗である.(まえがき)

とあり、これはおそらく機械工学の世界では既に知られているのだろう。機械だから「失敗」というより「故障」の三兄弟である。
 ただ、やはりそこから満遍ない考察を拡げてほしかった。社会の事象一般の失敗を論じてほしかった。並んでいる41の要因は、どうしても工学、それも機械工学に属する要因のウェイトが高くなってしまっている。

 そのなかでも注目するべきは、製作や構造の失敗のみならず「設計」の失敗に項目数や頁数が割かれていることであろうか。

 日本の設計教育に足りないのは,product definition(製品の定義)である本来の設計は「思いを言葉に,言葉を形に」という順番でモノができる.(まえがき)

とある。
 これは、わたしたちがかつて主催した教育方法改善プロジェクトで、わたしが答申した内容と同じ主旨である。「何のためにつくるのか」がないと、ものづくりは成立しない、その「何のため」を考え伝え合う力を高めるところに、ものづくり教育における人文・社会科学系教科の使命があるのではないか、と考えたのである。その意味で、設計段階、その前の構想段階での失敗は、分野を問わず、もっと論じられていいことであろう。
 わたしの勤務校の教育システムそのものだって、テクニカルな面では精緻に組み立てられ改善のしくみも整備されているのに対し、どういう世の中にするためにどういう学生を育てるのか、という大きな構想が確とせず難があるように思う。

 まあ、そこは共感するとして、やはり工学の人のための本だなあ、と思ってしまう。

 利用者の思考における問題は「自分の状況は,データのそれとまったく異なる」と強く信じてしまう硬直性である.
 
類似性を直感的に感じるような「気付き」の能力開発が不可欠である(7頁)

とあり、紹介されている失敗例から上位概念に昇って自分のケースに降りてくる、という思考を読者であるわたしもすればいいのだろう。が、事例が技術的なものに偏っているために、あまりに上位にまで昇らねばならない。
 わたしが普段冒すようなミス、試験の出題ミスとか、学生の成績が入ったパソコンを紛失しそうになるとか、委員として報告して意見を集約するべき事案を独断で処理してしまうとか、そういう失敗は、この『失敗百選』の分類に照らせば、全て「36.コミュニケーション不足」か「40.倫理問題」かどちらかに入ってしまうのである。コミュニケーション不足にも、いろいろな質のものがあるだろうが、そこを細分するのは、わたしたちの仕事なのかもしれない。そのへんの参考文献も一応紹介されてはいる。
 こういう分類の繁閑の結果、「繁」の部分では、果たして完全な分類なのか、と思えるようなところもある。「13.強風」と「22.天災避難」とはかなり近いのではないか、と思われるが、離れた番号になっている。「1.脆性破壊」と「23.脆弱構造」は規模の違いではないのか。そうでないなら、同じ文字を用いない方がよかろう。「28.フェイルセーフ不良」も他の多くの項目と重なっている気がする。恐らく、わたしの専門的な知識のなさからくる浅読みなのだろうが、二項対立的な図式化があればもう少し頭を整理して読めたと思う。

 やはりここは、「失敗」をしっかり定義してほしかった。目標が百パーセント達成されなければ「失敗」なのか。七割程度でも成功としていいのか(よく、トンネルを両側から掘り進んでいって真ん中で出会ったら数ミリしか狂っていなかった、などと言うが、一ミリでも狂ってはいけないのではないか)。死傷者が出ることが失敗なのか。いや、この本で言う失敗はそもそも成功の対立概念であるのか。
 それが通読してもあまりよく分からなかった。

 それと、わたしは鉄道絡みのところしか分からないが、電車によるレールの短絡短路と書いていたり、歩道橋事故の解説図で朝霧駅が朝霞駅になっていたり、基本的なところの誤植が目につくのも残念だ。

 いろいろ書かせてもらったが、採り上げられている失敗例は、有名な事故などが多く、それらの原因や対策が要領よく箇条書き風にまとめられているのは、面白く分かりやすい。備えておいて損はない本である。
 (下の画像は、楽天ブックスの同書ページにリンクします。購入もできます)

|

« 事故と負傷の経過 VI | トップページ | バナナとほうれん草とチーズ »

6.0教育・研究」カテゴリの記事

7.5.0 書籍・文学」カテゴリの記事

コメント

私も以前,同書を図書館で借りては読んだのですが,購入までは到りませんでした。何か整理されていない感じがしたのですが,まるよしさんの明快な指摘で改めて納得。
取り上げた事例は百選どころか200近くあって,そのそれぞれの分析はなるほどと言う感じでした。

投稿: Hyaru | 2009年2月28日 (土) 21時30分

 そう、未整理なので印象が残りにくいんですね。

投稿: まるよし | 2009年3月 1日 (日) 19時40分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/129332/16621080

この記事へのトラックバック一覧です: 書籍紹介 『失敗百選』:

« 事故と負傷の経過 VI | トップページ | バナナとほうれん草とチーズ »