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2009年6月21日 (日)

時刻表1000号

 JTB時刻表の現在売られている号は通算1002号ということになるが、5月号がちょうど1000号であった。

 けっこう報道されたから、ご存じの方も多いだろう。わたしも「乗り鉄」の一人、時刻表はバイブルなので、この号は当然手に入れたかったわけだが、意外に困難だった。
 通算1000号という出版上の区切りであるだけで、内容、つまりダイヤに大きな変化があるわけではないし、それなりに発行部数も増やすと思われるので、大した奪い合いにはならないだろう、と予想し、のんびり構えていた。
 が、それがあまりに甘かったことを、発売日を過ぎてから知らされた。

 5月号の発売開始は、公式には4月20日(月)であった。が、都市部の大きな書店では、二日ほど早く店頭に並ぶ。だから、20日のワイドショーなどでその話題をとりあげたりしていた。
 それを観ると、19日までに早々に売切れとなった書店が続出している、というではないか。これは困った。地方県である地元でも、大手のチェーン書店は中央の流通経路で来るから、19日までに売り出しているだろう。20日も21日もそこに出かける時間はなかった。そうでなくても人気があるものを、TVで煽ったりしたら、関心のない単なる新しもの好きまでが書店に走って、ますます品薄になるではないか、とやきもきした。

 22日になって、やっと大手書店に行く時間がとれた。果たして売切れ・入荷予定未定で、ポスターだけが空しく貼ってある。直ちに地元資本の大きな書店の本店に回る。が、結果は同じである。
 この二店がこうなっている以上、県内の大型書店は全て同じ状態であるはずで、それらを回るのは徒労だ。されば、逆を行けばいいのだ。さほど大きくない町の、場末の小さな書店に行く方が、まだ脈がある。わたしも伊達に経験を積んではいない。
 わたしは電車で小都市に移動した。賑やかなショッピングセンター周辺は避け、旧市街の商店街を歩く。小さな書店が見つかる。床は土間で、配達用のバイクが本棚の前を塞いでいるような店である。ひととおり本棚を見回っても、時刻表は見当たらないので、レジに坐っている店主らしい小父さんに、
「時刻表は置いてますか?」
と訊く。
「そこに一冊」
とレジの脇の低い棚を指差してくれる。
 見ると、1000号が無造作に一冊横になっている。その下敷きにされているのは、999号、つまり4月号だ。小父さんが言うには、ごくたまーに売れるので、毎月一冊ずつ仕入れている、とのこと。だいたいは返品になるのだろう。999号も、結構人気だったはずだが、そんなこととは無縁の商店街だ。大型書店なら、新しい号が出れば直ちに前の号は店頭から引き上げてしまうので、あり得ない状態である。
 小父さんも、これが通算1000号であることになどまったく頓着しておらず、フツーに売ってくれる。
 どこで買っても1000号は1000号。この人気なら、多分増刷をするのだろうが、いち早く手にできてほんとによかった。一応「最後の一冊」だから、気分もよい(写真右は、999号と1000号を並べたところ)94221892

 999号は既に買ってあったのだが、これは史上初めて現実の列車ではなく虚構内の列車、すなわち号数に因んで『銀河鉄道999』の超特急999号が表紙を飾った、ということで人気なのである。もちろん、星野鉄郎とメーテルのイラストも添えられ、本文には松本零士氏のインタビューも掲載されている。

 そして、1000号である。表紙は、以前も紹介した水戸岡鋭治氏が描いた、各時代を代表する五種類の車輌(8600型蒸気機関車・「こだま」型特急電車・0系新幹線電車・JR九州「つばめ」型特急電車・山陽~九州新幹線直通用電車。後の二つは水戸岡氏のデザインした車輌である)のイラストがあしらわれている。
 さらに、別冊付録として、戦後初めて全国版として発行された時刻表である、昭和21年2號の巻頭地図を復刻したものが付いている。今は既にない路線、今あるのにこの時は影もない路線など、比較すると面白い(写真左はこの地図の福井県周辺部分。北陸トンネル開通前の北陸本線や、各私鉄線が見られる)
94221893 しかしまあ、1000号の裏表紙が、すれすれの法規解釈で擬似路線バス的運行を行い、正規路線の高速バスを脅かしていることでたびたび話題になるツアーバス会社の全面広告であるのは、いかなることか。正統の公共交通機関を裏方として支えてきた時刻表の輝かしい記念号に相応しい広告とはとても思えないのだが。それを断っていられない台所事情がJTBにもあるのだろうか。

 999号と1000号との二回にわたって、「鉄道史の語り部 “時刻表”のあゆみ」という詳細な年表が掲載されていて、これはなかなかの資料である。

 『JTB時刻表』の第1号として起算点になるのは、大正14年の『鐵道省運輸局編纂 汽車時間表 附汽船自動車発着表』(日本旅行文化協会。翌年、日本旅行協会と改称)の四月號である。これは、当時の鉄道省が発行していた業務用の時刻表を翻刻して一般に販売したものである。これ以前にも他社から時刻表の類は発行されていたが、現在まで続いているものはない。
 日本旅行協会は、昭和9年に社団法人ジャパンツーリストビューローに合併となり、時刻表の発行も、同法人に移る。
 昭和14年には、タイトルが『鐵道省編纂 汽車時間表 附汽船自動車航空路発着表』と創刊時と微妙に変化していたが、この長たらしいのを止めて、単に『鐵道省編纂 汽車時間表』と改題された。
 国全体が戦時体制に入るなか、昭和17年に関門トンネルが旅客営業を始めたことで、三日にわたって走るものなど、全体に長距離列車が増えたこともあり、二十四時間制の時刻表示が採用された。同時に『鐵道省編纂 時刻表』と改題される。現在の体裁にかなり近づいてきた。
 戦争の激化と終戦直後の混乱に伴い、正常な刊行ができなくなっていく。発行間隔を間引いたり、地方ごとの冊子を発行したり、主要駅のみの簡易版を発行したりしてしのいでいる。この間、発行元のジャパンツーリストビューローは、東亜旅行社→東亜交通公社→日本交通公社と改称されたり、財団法人に改組されたり、めまぐるしく変化した。
 戦後の省庁再編に伴い改題された全国版全駅掲載の『運輸省編集 時刻表』が毎月発行に復帰したのは、実に昭和23年末である。
 翌昭和24年には国鉄が運輸省直轄から公社組織になったため、『日本國有鉄道編集 時刻表』と改題、さらに昭和26年には『日本国有鉄道監修 時刻表』、昭和37年に『国鉄監修 交通公社発行 時刻表』と改題が続いた。
 そして、昭和38年に、『国鉄監修 交通公社の時刻表』と改題されたのである。

 このタイトルが、わたしが子供の頃から国鉄民営化まで長く親しんだものである。当時、国鉄の現場でも業務用にこれが使われており、「みどりの窓口」などにも備えつけられていた。
 ただし、国鉄業務用のものは、表紙の「国鉄監修 交通公社の」の文字がないバージョンであった。内容は同じである。
 とにかく、この時代までは、国鉄自身が使っている、ということもあり、時刻表業界で唯一のスタンダードな存在が、交通公社版だった。弘済出版社版の『大時刻表』もライバルとして存在したが、「公認」と「伝統」を併せ持つ交通公社版が押しも押されぬかたちで君臨していた。これに変化が訪れるのは、国鉄分割民営化の時である。

 昭和62年4月の分割民営化を機に、JR各社が自前で時刻表を編集することとなり、国鉄が準備を始めた。その発行社には、交通公社ではなく、国鉄の外郭団体たる財団法人である弘済出版社の方が自然に選ばれた。『大時刻表』は『JR時刻表』と改題されるはこびとなった。業務用も当然こちらが使われることになる。
 これにより、交通公社版の位置づけが揺らいだ。マニアの間でも、使い慣れた「伝統」の交通公社版を取るか、新たな「公認」のJR版を取るか、意見と好みが分かれることとなる。わたしは前者である。
 この時、弘済出版社版の4月号は、JRは発足していない3月発売なので、国鉄が編集したわけである。従って、この号一回きり、『JNR時刻表』というタイトルで発行された。
 これが貴重だというので、この時もマスコミを騒がせ、売り切れが続出、急遽増刷となった。時刻表が今回のように世間の話題にのぼるのは、あの時以来ではないかと思う(あの時は慌てふためいて『JNR時刻表』を探し回った)(写真右は『JNR時刻表』の表紙ロゴ)95242193

 『JR時刻表』は、路線の掲載順や区間の分け方を、運転系統や利用の実態に合わせて大胆に買えたり、二色刷りにして優等列車を赤字にしたり、臨時列車を斜体字にしたり、独自の工夫を重ねていった。それを好む人もいるだろう。
 わたしも評価するにやぶさかでないが、やはりもはや分身のように直観的に時刻をひきだせるまでに使いこなしていた交通公社版を今更捨てられなかった。

 当然ながら、交通公社版は、「国鉄監修」が題から外され、『交通公社の時刻表』と改題された。さらに翌昭和63年には、交通公社が対外的な呼称として英名の略称である「JTB」を統一使用することになったことから、時刻表も『JTB時刻表』と改題され(その後正式社名もジェイティービーとなる)、現在に至る。

 上の『JNR時刻表』は別として、ほとんど交通公社~JTB版で主要改正ごとの時刻表を保存し、復刻版も何冊も揃えているわたしである(津軽海峡線開業の号は、友人に貸したら勝手に捨てられてしまったため、鉄道専門の古本屋で買い直した。マニア以外は時刻表を「保存する」という発想はないから、責めることはできない)。
 ただし、近年は全国一斉の改正がなくなり、会社ごと、地域ごとに五月雨式に改正が続く うになったので、どの号を保存するのが資料的価値があるか、見極めが難しい。むしろ、世界規模のスポーツイベントや博覧会などが開かれ、普通なら走らないような臨時列車が載ったような号を保存するようになった。

 今も交通公社版を愛用しつづけているが、反面、時刻表検索彩図で調べることも多くなっている。いつまで紙媒体での発行が続くのが分からないし、マニアックな書物になっていくのかもしれないが、末長く充実していってほしいものだ。

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