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2009年6月27日 (土)

15年の信念

 昨日フジテレビ系で放送された、『妻よ! 松本サリン事件犯人と呼ばれて…家族を守り抜いた15年』を観た。事件発生からちょうど十五年ということでの記念制作である。
 二つ前の記事で触れた冤罪の事案の流れもあって、観てみたのである。こういう、ドラマとドキュメンタリーを交錯させる手法は、わたしは好きではないのだが、結果的には観てよかったと思う。

 タイトルを見てお分かりのように、松本サリン事件で、あたかも犯人であるかのように報道されて精神的な苦痛を与えられた河野義行さんの、事件発生から妻を見送るまでの半生を描いたものである。

 フジテレビの自省と贖罪の思いは、伝わってくる。自社のワイドショーが実際に流した映像を挟んだりしている。いかに河野さんを傷つける放送をしたかを隠さずに流している。河野さん宅前でもっともらしく、今となっては頓珍漢なレポートをするレポーターの顔姿もそのまま映している。
 さらに、当時の長野県警本部長の記者会見の模様も、本部長の顔と名前をしっかり流している。
 これらは、やり過ぎという批判もありそうだが、河野さんが事件直後から実名と顔を曝してこの事件を語っていることを考えれば、これくらいは止むを得ない。

 そして、わたしを含めて、この事案が「報道被害」である、という印象をもっていた人は多いと思うのだが、それだけではなく、警察自体が当初から河野さんを犯人と目して、あるいは仕立て上げようとして、あくまで被害者の一人として捜査協力している河野さんを強引に追及し、河野さんに有利な状況を包み隠していたこと、河野さんの子供たちの証言をも誘導してねじ曲げようと画策したことも、克明に描写された。
 また、報道被害そのものも、警察の予断による情報リークをベースに形成されていた、ということも劇中語られた。
 だから、ドラマでは警察官たちがステレオタイプの悪役として演じられた。まさにドラマによく出てくるような、大声と暴力ぎりぎりのパフォーマンスで威圧的に自白を迫る刑事の姿、そしてそういう刑事を差し向けて自白をでっちあげることを「捜査のテクニック」と言い切る捜査責任者の自信に満ちた顔。真相を知る視聴者からすれば、それら河野さんを追及する強面捜査員たちが迫力を出せば出すほど、なに間違った方向にアツくなってんの、バカじゃないの、と感じ、まことに滑稽に映るわけである。
 しかし、末端の捜査官らの本人出演はない。過ちを冒した捜査官も、一人の人間である。やはり、なぜ、どういう思いで河野さんを追及していた、あるいはせざるを得なかったのか、ということを、当人が何らかのかたちできちんと語るべきだろう。上記のような俳優のデフォルメされた演技で、まぬけさ加減が際だたされているのが、彼らに対する制裁とも言えるが、それはあくまで事実の描写でしかない。きちんとした説明がほしい。

 ドラマの合間に挿入される、河野さんやその家族、関係者のインタビュー映像は、その声自体は貴重なものながら、ドラマとしては興醒めだ。これをやられると、ドラマの方が何だか『こたえてちょーだい』とか『いつみても波瀾万丈』あたりの再現VTRのように感じられてしまう。ドラマでは河野夫妻を演じた石黒賢さん、松下由樹さんをはじめ、役者さんたちが熱のこもったシリアスな演技をしていただけに、惜しいことである。
 そうした情報も、役者の独白というかたちでドラマに組み込むか、ドラマの終わった後にまとめて入れるか、してほしかった。要するに、ドラマとインタビューと、どちらが主なのか、よく分からなかったのである。事実の記録が主眼なのであれば、ドラマというかたちで脚色するべきではないだろう。

 河野さんのような災難には、誰でもが見舞われる可能性がある、ということをドラマで認識させられた。家に薬品が多数あって、薬品を扱う資格ももっていた、ということは事実として伝えられていたので、どうも河野さんを、犯人ではないにしても、ちょっと変わった人、というイメージで捉えていたのであるが、そうではなくごく普通の市民で、妻との愛情の交換もごく普通、子供との関係も普通、というほんとうにどこにでもあるような家庭がそこにあった。そういう描かれ方であった。
 それと、河野さんの予断と分け隔てのない態度にも、感服した。筋を通した謝罪はきちんと受け入れ、蟠りを残さない。元オウム信者の男性とも、個人的に付き合いがあるという。
 そういう河野さんの態度は、ドラマにはなかったが、長野県公安委員を務めた時にも一貫していた。当時の知事は、長野県警に怨み骨髄であるはずの河野さんを起用することで、県警にプレッシャーをかける意図があったようだが、河野さんは県警に非がない件についてはないと割り切り、けっして野党的にやみくもな批判をすることはなかったため、知事を拍子抜けさせたという。
 こういう従容たる態度は、わたしも理想とするところであり、見倣わねばならないと感じた。そう思わせてくれただけでも、この番組を観た価値はあった。

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