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2009年7月 2日 (木)

書籍紹介 ~『阪急電車』

 タイトルは『阪急電車』だが、鉄道マニア向けの趣味の本でも電鉄会社のPR本でもなく、小説集である。
 わたしもタイトルと電車のイラストに惹かれて本を開いたくちだが、なかなか面白い作品構造になっていた。

 目次を見ると、章題が「宝塚駅」「宝塚南口駅」「逆瀬川駅」…、と続いていく。阪急今津線の駅を北から順番に配しているのだ。ここだけを見ると、短編小説集のように見える。そう考えても間違いではないのだが、続きものとして読める。
 各章の作品世界は、独立しているようでいて、実はちょっとしたところで前後の章と連続している。共通の登場人物もあって時間も連続している。まるで電車の車輌が幌に守られた狭い通路だけで隣の車輌とつながっているように。しかし、「宝塚駅」に出てきた登場人物と話題は章が進むに連れフェイドアウトし、終点の「西宮北口駅」の章までくると、人物も話題もすっかり入れ替わっている。これも、電車に坐っていると、隣の車輌、精々隣の隣の車輌の様子までは何とか見えるが、いちばん前や後ろの車輌にどんな人が乗っていてどんな雰囲気なのか、全く分からないのと似ている。
 それぞれの章のなかで、登場人物同士が今津線の電車に乗り合わせて思いがけなく知り合ったり話をして、心を開いたりもする。男女の仲になる場合もある。
 さらに、隣の章の主要登場人物らとも、何らかの形で触れ合ったり影響を与え合ったりする。が、この場合はそれほど深くは関わり合わない。ゆきずりの関係である。
 冒頭の「宝塚駅」の章では、武庫川の河原に巨大な「生」という文字がオブジェのように形作られている、というミステリアスな情景が描写される。そしてそれを見つめながら知り合った男女は、この文字からある連想をして意気投合するが、これはミスリードである。
 宝塚ホテルの名前が入った引出物袋を持った女性が乗ってくる。華やかな、どう見ても花嫁としか見えない衣裳を着ている。女性自身も、「花嫁よりも相当美人」だと自負している。花嫁は女性の同僚だったのである。幼い女の子が、花嫁さんだ、と声をあげるが、女の子を連れている老婦人は、「討ち入り」をしてきたのだな、と事情を察し、女性に話しかける。
 車内で些細なことから喧嘩したカップルがある。粗暴な男の方は、仁川駅で女を置き去りにして跳び降り、競馬場に行ってしまう。
 沿線の高校に通う少女は、進路に悩みつつ、教師といい仲でもある。 

 本の真ん中あたりで、「そして、折り返し。」とあって、今度は「西宮北口駅」から北へ向かって章が進んでいく。

 この「復路」は、「往路」の各章から、半年ほどの時間が経っている。「往路」と同じ人物も登場するが、この間にいろいろな変化があり、「往路」でサスペンデッドになっていた事柄に決着がついていたりする。
 「往路」の車内喧嘩していた二人は、相当な修羅場を経たものの、結局別れている。「往路」で女子高生だった少女は、大学に入学している。大学選びの過程で教師に対する思いに変化があった。同僚に恋人を寝取られて討ち入りを果たした女性は、すっかりふっきれて、沿線にワンルームを借り、老婦人の助言どおり、転職している。以前よりグレードの高い職場に。
 そして、西宮北口では、始発駅ならではの座席の争奪戦に、阪急には似つかわしからぬ、ブランドに身を固めた悪趣味なオバサン集団が参戦する。ここまでの小説の澄き透った雰囲気も、やや濁りを見せる。が、ここに、「往路」の登場人物が次々現れて絡みはじめる。オバサン集団を見下して関わり合いになりたくないとばかり立ち去るのは、「討ち入り」の女性。
 傍若無人なオバサン集団は、遂に制裁を受けることになる。「生」がとりもったカップル、そしてあの老婦人によって。捨て台詞とともに退散したオバサン集団は、宝塚ホテルに逃げ込む。
 最後に、「生」のオブジェの意外な意味が明かされる。 

 『阪急電車』というタイトルに違わずおしゃれなつくりである。こういう連作のような短編集のような、という微妙なつながり方をしている作品集を、わたしも書いてみたかった、というか、私家版で書いてはいるのだが、それを自分の趣味である「電車」と結びつけることをどうして考えなかったのか、と歯がゆい思いだ。そういうつながり方は電車そのものであるのに。
 脱帽したこの本の作者は、「図書館戦争」シリーズの有川浩氏である。

 (下の画像は、『楽天ブックス』の同書ページにリンクします。購入もできます)

 阪急電車

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