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2009年8月 9日 (日)

副詞化する名詞たち

 副詞は、擬音・擬態語などがそのまま使われているものがあり、これは原生の副詞と言えるが、それ以外のものの大半は他の品詞や連語から転成したものであろう。
 このなかでも、このところ気になっているのが、名詞がそのまま副詞に転用されているケースである。
 人間は猿が進化したもののはずだが、その変化ははるか昔に起きたこととされ、最近猿から人間になった人とか、猿が人間になりかかっているという個体には、あまり出会わない。しかし、名詞から副詞への転成は、現在も発生しつつあるように思う。副詞転成しかかっていて、副詞的用法が正当であるか誤用であるか、ゆれて微妙なものがある。そのあたり、日常の談話や文章のなかでちょっと目と耳に止まる。
 例文を挙げながらみていこう。

 名詞から転成した副詞として、例えば、偶然(ぐうぜん)・事実(じじつ)・割合(わりあい)・一番(いちばん) などがある。

(1)自分は多くの偶然が積み重なってデビューできたと、偶然知った。
(2)事実は小説より奇なりと言うが、事実彼の私生活は波瀾万丈だ。
(3)黄身の割合を低くすることで、カロリーは割合抑えられる。
(4)試験準備には寝るのが一番、という助言が一番役に立った。

 (1)~(4)いずれの文でも、先の方が名詞として、後の方が副詞として、それぞれ同じ単語が用いられている。まあ、一つの文のなかに同じ単語を二度使うようなことは無意識の修辞によって避けるのが普通だろうから、こんな文は普通書かないけれど、それでも文法的に誤ってはいない(当文の 普通通常 にも置き換えられる)。

 お洒落だな、と思うのは、副詞化する過程でかなり意味の変化というか意訳というかが起きて、元の名詞用法との間に意味の隔たりがあるような副詞用法である。

(5)二人の気持(きもち)は概ね一つになったが、気持ずれがあるように思えた。
(6)路上禁煙の是非(ぜひ)について、あなたの意見を是非聞きたい。
(7)体育祭で組体操の土台(どだい)が崩れたのも、土台子供の体力低下の結果だ。
(8)その公園への人出の(いきお)は、桜が散るとともに、勢い小さくなった。

 (5)は、「気持の問題でしかない」=「五感で感じ取ることができない」→「ごく僅か」と言う意味に転化している(この文の 気持心持(こころもち) にも置き換え可)。(6)は、「是が非でも」=「yesがnoであっても」→「論理的に正反対のものが同じであるような通常あり得ないことが起きても」→「どんなことがあっても」→「何としても・絶対に」という転化。(7)は、「一番下で全体の重さを支える部分」→「ものごとの大切な基礎」→「事態の大本の問題として」と転化している。そして、(8)は、「抗えないほどの力がある様子」→「自然と流されざるを得ない」→「起きるべくして起きたこととして」という転化だ。
 こういうのは、判じ物のようで、何か解釈が楽しい。

 なかには、元の名詞の用法がほぼ忘れられ、副詞用法が前面に出てしまった語もある。例えば、案外(あんがい)・真底(しんそこ)・幾分(いくぶん)・結構(けっこう)・金輪際(こんりんざい)・一際(ひときわ)・さしづめ・別段(べつだん)・毛頭(もうとう) といった副詞は、少なくとも日常的な談話や文章では、名詞として使われることは稀である。
 面白いのは、(9)のように、名詞ととるか副詞ととるかで、文の意味から登場人物らのキャラまで変わってくるような文もあることである。いわゆる数名詞は格助詞なしで述語を修飾できることから生まれる多義文である。

(9)その親子は、三人でかけそばを一杯(いっぱい)食べた。

  さて、以前は副詞に転成して用いられたが、昨今ではあまり副詞用法を見かけず、また名詞に戻りつつあるような語がある。根本(こんぽん)・自然(しぜん)・全体(ぜんたい) などがそれで、これらを副詞として用いると、ちょっと古めかしく文語的に感じる。
 ややこしいところでは、正直(しょうじき) がある。 

(10)友達が校長賞をもらったことは、正直悔しかった。[?]

というような文が学生の作文に書かれることが多い。わたしは、これは 正直に言って(言えば)・正直なところ・正直な話 などの言い回しの後ろ部分が脱落した誤用だと思っていたのだが、大きな辞書を引いてみると、副詞用法もあるのである。ただしそれは、やはり文語的な表現としてであり、くだけた談話や随想などに使うのは不自然なものである。
 この 正直 などは、副詞用法が一旦廃れたものが、別のかたちで復活しようとしている例かもしれない。にしても、(10)のような文に朱筆を入れるかどうか、迷うところだ。

 そして明らかに、副詞への転成が進行の途上にある名詞もある。

(11)基本私はマイペース(CMソングの歌詞から)[?] 

これは、CMに使われたから日常も使われるようになったのか、一般に定着しつつある表現だからCMに採用されたのか、いずれであるかは定かでないが、とにかく人口に膾炙しつつある。これの成り立ちが、基本的に の後半が脱落したものであることは明白である。
 またこのごろ、困ったなあ、と思っているのが、原則 である。

(12)工場見学旅行においては、原則スーツを着用するものとする。[×]

わたしの職場だけかもしれないが、こんな文を堂々と公文書や学生向け文書に記す教職員が少なくないのである。いくらなんでも、原則 はスタンダードな書き言葉として、未だ副詞に転成してはいないだろう。原則として と書くべきなのだが、あまりに例が多いので、わたしも指摘しきれずにいる。

 このように名詞の副詞化現象には、~に言って(言えば)とか ~的に とかいう形の副詞(句)が前段階としてまずでき、その後半が脱落することによって、結果~の部分の名詞が副詞転成する、というような傾向がみてとれるのではなかろうか。
 最初の方の例も、偶然-に(1)事実-としても(2)気持-ほど(5)是非-とも(6)のように、前段階の形を求められるものが少なくない。勢い(8)のような例外もあるし、実際問題 のような複合的なものもあるのだが、大まかな傾向としては間違っていないと思う。

 となると、次にどういう名詞が副詞化するか、という予測も立てられよう。~に言って(言えば)~的に という形での副詞(句)が日常の話し言葉レベルでよく用いられていて、その後半を脱落させても意味解釈に支障が生じにくいもの、ということになる。
 以下にわたしの予測を記そう。

 まず「~的」系から。
  常識(◎)潜在(○)個人(▲)客観(△)
常識的に(言って) は使用頻度が高い。そのうえ 正直 と発音も似ていることから、副詞転成が誘発されやすいのではないか、という予測から大本命とする。潜在的に という語句も、書き言葉・話し言葉を通してそれなりの頻度で用いられるから、語形の磨滅も早いのではないか、と予測して本命としておく。個人 は、特に若い世代で、ちょっと変わったことを言いたいが自分に自信がなく、他人に変に思われたくない、と思いがせめぎ合った時に、個人的には というわたしの大嫌いな前置きを付ける奴が多い(学者でも大臣でもないおまえの発言が公式見解だなんて誰も思っとらんわ!)ことからの予測である。

(13)常識ゼミ合宿でペンションになんか行かねえだろ。[×]
(14)あんたって、潜在山田君のこと好きなんだよきっと。[×]
(15)俺ティラミスって個人旨いとは思わないんだよね。[×]
(16)客観あの先生ヤバすぎるって。[×]

 まあこんな用法を想定しているわけである。(16)の場合も、本当は自分の主観で言っていることを、「みんながそう思っている」と取り繕い、責任を逃れたいときに付ける副詞である。

 次に、「~に」系にいく。
  現実(◎) 有り体(○) 極端(▲) 厳密(△) ストレート(大穴)

(17)次のテストで平均80点なんて、現実できっこないよ。[?]

 (17)の文など、実際既に使われていそうだ。ということで大本命にした。
 有り体 は、ぶっちゃけ とか はっちゃけ とかの類語の流れですぐにでもできそうだが、ちょっと最近の若い世代の日常会話には出にくい感じがする。とはいえ、ぶっちゃけ だって流行るまではそれほど一般的な表現ではなかったのだから、これも本命に入れておいてもいいだろう。アリテー なら発音もしやすいから、流行りだせば定着は早かろう。

(18)おまえの芸ってさ、有り体キレがねえんだよ。[×]

おそらくこういう用法であろう。
 あと二つは、例文だけ挙げておく。

(19君を失った俺は、極端翼もがれたジェット機だよ。[×]
(20)厳密死んだわけじゃないんでしょ? 脳死って。[×]

 ストレート は、簡単には副詞化しないと思うが、

(21)MAXめんどくせぇ。(お笑い芸人・マシンガンズのネタにおけるキめ科白)[×]

のように、誰かが言いだせば一気に流行りそうであるから、大穴としておく。

 予測が当たるかどうかは、五年後・十年後に検証していただきたいが、予想もしない名詞が副詞化したら、それはそれで面白い。今後も楽しみに観察しよう。

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