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2009年9月18日 (金)

ドラマの力も信じたい

 一昨日くらいから、左サイドの「人気記事ランキング」に登場し、2位につけているのが「舞台「モンテンルパの夜はふけて」鑑賞 上」である。「モンテンルパ」とか関係者の氏名とかで検索して訪問されている方が多いのである。ブログのアクセス全体も増えている。
 これは明らかに、12日にフジテレビ系で放送されたドラマ『土曜プレミアム 戦場のメロディ ~108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌~』の影響であろう。
 もちろんわたしも録画してだが観た。話は知っているのに、泣いた。きっとテレビの前で泣いた方が多かったのだろう。そしてもっと詳しく知りたくて検索しておられるのだろう。関連記事である「歌の力」「舞台「モンテンルパの夜はふけて」鑑賞 下」も、ベストテンには入っていないものの、ここ数日相当多くのアクセスがある。
 歌の力に続いてドラマの力も感じている。

 前にも書いたが、このドラマのような、ドラマと実写を交錯させるという、昨今よくみられる手法は、わたしは好まないし、「戦場のメロディ」という題名は、ちょっと誤解を招きそうである。しかし、ストーリーに力があるから、最後まで観ることができた。この話の全貌については、「歌の力」をお読みいただき、詳しくお知りになりたい方は、参考書籍をお読みいただきたい。
 以前観た舞台「モンテンルパの夜はふけて」に比べると、死刑囚一人一人(といっても数人をピックアップしてだが)の人生に丁寧に焦点を当てていた。脇役にも演技派俳優を惜しげもなく配し、見応えをつくっていた。こういうことは舞台ではできないから、ドラマとしての特性はよく活かされていたと言えよう(それだけに、ドキュメンタリーと交ぜるようなことはしないでほしかった)。その代わり、政治的なかけひきの部分はかなり省略されている。決して「あヽモンテンルパの夜は更けて」のヒットだけがこの結果を生んだのではないが、これもまた、そういう地味な場面が続くと飽きっぽい視聴者は浮気してしまうから、しかたがないだろう。
 いちばん気になったのは、死刑囚が処刑される時の態度の違いである。舞台では、どの死刑囚も泰然として天皇陛下万歳を叫んで、自ら十三階段を上っていった。しかしドラマでは、足腰が立たなくなったところを、泣き暴れ抵抗しながら刑吏に引きずられて行き、言葉にもならない断末魔の叫びを上げて死んだ。どちらが哀れさを喚起するかは難しいところだ。わたしの感性では前者である。事実がどちらに近かったかは、加賀尾秀忍教誨師のみが知るところであり、何とも言えない。個人差もあろう。
 また史実では、虜囚たちは死刑囚と無期刑囚とで色分けされた派手な色の囚人服を着せられていたはずで、これがまた屈辱なのだが、舞台ではそれが忠実に再現されていた。しかしドラマでは、画面を暗々しく作るためか、皆が薄汚れてくすんだ色の服を着ていた。ここも気になったところではある。

 この話で、わたしが「歌の力」と繰返し言っているのは、「あヽモンテンルパの夜は更けて」を渡辺はま子さんが唄うことで多くの人が心を動かされ、助命嘆願署名につながったこと、キリノ大統領が「あヽモンテンルパの夜は更けて」のオルゴールを聴いて心を打たれ、特赦を施したこと、そういうことも確かに含まれるのだが、表現論に携わる者として興味を惹かれ、また感銘を受けるのは、それらのことではない。
 この話の要と言えるのは、そもそも「あヽモンテンルパの夜は更けて」の詞と曲とが、素人の作品であるにも関わらず、自然に虜囚たちの哀しみを表現するものに仕あがっていたという点なのである。もちろん、ドラマのなかにもあったように、作詞者の代田氏は、推敲に推敲を重ねている。しかし、それは自分たちの心を最も素直に反映させるための推敲であったはずだ。作曲者の伊藤氏が最初に書いたメロディと、レコードになったメロディとは少し異なっているが、これは「商売」になる歌にするため、細部が手直しされたものだろう。メロディラインの根幹は伊藤氏の書いたもののはずだ。
 本当に切実な思いを抱いて書けば、巧まずとも人の心を刺す詞になり、曲になるのである。われわれのなかに刷り込まれた文法があるのだ。そのことがわたしを涙させるのかもしれない。言葉と音楽とが宿す不思議にして偉大な力が。

 そしてこれを、渡辺はま子さんという人が唄うことで、力が倍することになる。渡辺さんは、戦時中戦地を慰問して兵士の士気を歌で鼓舞したことに責任を感じていた。モンテンルパへ渡辺さんを向かわせる原動力はそれである。
 兵士一人一人の戦争責任を論じるのと同様、渡辺さんがそういう責任を感じる必要があるのかどうか、という議論には、簡単に結論は出せない。しかしわたしは、そこに責任感を抱き、それに基づいて実際の行動を起こした渡辺さんが好きだし、尊敬する。

 この話は、戦争が悲惨だとか、人の命が大切だとか、そういう視点で必ずしも語る必要はない、とわたしは思っている。言葉と歌の力を実感させる話としても、十分重みをもってるからだ。
 どのような解釈・評価をするにせよ、こういうエピソードがあった、ということは、知られていてよいことだと思う。周知のために今回のドラマがまた力になってくれることを期待したいのである。

※ 舞台の時にお姿を拝見した作曲の伊藤正康氏は、今年の6月に亡くなったとのことである。ご冥福をお祈りします。  

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