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2009年10月18日 (日)

上司を批判するメール

 大阪府で、橋下知事が府庁の全職員に送ったメールに対し、批判的なメールを返信した職員がいた。その職員を橋下知事が処分した。
 例えば、下の記事のごとく報道されている。

 『毎日jp』「大阪府:「知事、愚痴はブログで」職員がメールで批判 橋下知事が処分へ」 
  http://mainichi.jp/select/seiji/news/20091008dde041010032000c.html

 これは、Webを通じた職場での言語コミュニケーションの例として、興味深い。

 この件には二つの問題が併存する。別々に考えねばならない。一つは、上司からのメールに対する部下の返信として今回のメールが妥当であるかどうかである。いま一つは、この部下の行為に、上司が処分というかたちで臨むことの是非である。

 前者について。
 この職員のメールが、報道にあるような文体であったとすれば、やはり不適切である(他の職員も知事を「おまえ」と呼んでメールを送っていたそうだが、これはもう論外である。大人のもの言いではない)。知事の元々のメールがどういう文体であったのか、報道にはないが、それがどうであろうと不適切なものは不適切だ。
 しかし、問題は表現だけではない。報道されている限りでは、この「批判」は、知事の意見に対する批判ではなく、メールを職員に送付するという行為そのものに対する批判なのだ。これは自家撞着というものである。
 知事のメールを読む時間を「無駄」と言うなら、知事がこの職員の返信を読む時間もまた無駄である。府民に選ばれて府のために働いている知事の時間を奪っているのである。だから、返信した時点でこの職員は知事を批判する資格がない、というパラドックスに陥るのだ。
 意見の内容に反対するのではなく、意見を述べるという行動自体を問うのであれば、その意見が述べられたのとは異なる土俵の上でなさねばならない。わたし個人の意見でもも、知事が「税金に対する意識の低さを指摘する」のに、全職員宛のメール送付という手段をとることは、大いに疑問ではある。しかし、その送付を問題にするなら、別のところ(直接の上司を通じた正規のルートで申し入れるなど)でやるべきである。
 この点で、この職員のメールは、著しく不適切である。

 後者について。
 橋下知事がどういう点をとりあげて処分としたのか、報道だけではちょっと不明確であるので、一元的には論じられない。
 知事としては、職員からこのように反論されるのは心外かもしれない。しかし、メールという伝え方を選んだのであれば、これは十分予想できることである。確かに、一職員が知事の言葉に反論するのは、組織として問題であろう。だがそれならなぜ、知事名の文書を各職場に掲示する、あるいは、訓示によって下達する、という常識的な方法を採らなかったのか。そうすれば、一職員からの反論はでてきにくいであろう。
 もし知事が、「自分に反論したこと」を問題にしているのだとしたら、伝え方をまず考えるべきだと思う。メールで伝えた以上、反論歓迎、と言っているようなものだ。
 一方、メールの「表現」を問題にしているのかもしれない。しかし、どのような表現をとるかはマナーの問題である。ルールを破ったわけではない。マナーは、処分とはなじまない。名指しでの処分は適切とは思えない。
 もっとも、「厳重注意」というのが本当に「処分」になるのかどうかはよく分からない。「処分」と報道した方がインパクトがあるからそう書いたのかもしれない。制度上の正式な「処分」には当たらないのかもしれない。それならいくぶんは理解できる。が、まずはその職員の上司を通じて釘をさすくらいのところから始めないと、「恐怖政治」との誤解や批判を招いてしまう。そのようにしてもなお、このようなメールを送りつづける悪質な職員であれば、注意や処分も検討することになるだろう。
 つまり、いずれにせよ処分は拙速だとわたしは思う。

 わたしも、ある委員会でなした仕事に関して、職場のトップから、委員長を介してある指示を受けたことがある。しかし、その指示は到底受けいれられるものではなかった。わたしの苦心して積み上げた努力を無に帰するような指示であるばかりでなく、明らかにトップはことの次第に誤った解釈をしていたからである。
 わたしは、トップに直接反論のメールを送ろうかとも思ったが、それでは間に立つ委員長の頭越しになってしまい、失礼である。それに、トップが部下から直接反論される、ということは、プライドを傷つけられることでもある。このトップは、そうした事態に激怒することもままある方であった。それでも、誤った解釈に基づく指示に従うことは、結局職場のためにならない。
 そこで、わたしは委員長に対して、この指示に困惑している(ふりをした)内容のメールを送り、そのなかで指示がいかに理不尽で、かえって悪い事態を招くものであるか、トップのことには一言も触れず、また感情は交えず、論理的に述べた。ただし、委員長はそんな理不尽さは先刻承知なのであるが。
 そして、そのメールをBccでトップにも届くようにしたのである。これなら、わたしがトップの指示を否定したことは表沙汰にはならない。
 このメールを送信してから半日も経たないうちに、委員長から連絡があった。トップが先の指示を撤回した、ということであった。

 メールを使うなら、このようにその特性を活かしたかたちで使うべきかと思う。が、わたしもメールの使い方にそれほど自信があるわけではない。人々もみなまだ使い慣れていないのではないか。ぎくしゃくしながらルールを作っていくしかないのだろうか。 

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