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2010年1月31日 (日)

変わってきた除雪

 昔に比べて減ったとはいえ、やはり毎冬何度かは積雪がある地域に住んでいるわけである。
 道路の除雪は、市が主導して行っているが、もちろん市職員で全ての道路をカバーできるわけではなく、 市から委託されている業者などが主に担っている。もちろん相応の謝礼は支払われているのだろうが、深夜から早朝にかけての相当な重労働であり、ほぼボランティアと言ってもよかろう。この労苦には大いに感謝している。

 しかし、この除雪のあり方に、わたしはかねがね不満を抱いていた。

 それは、一言で言うと、クルマのことしか考えていない除雪、ということである。
 車道の雪をどけることのみに重点がおかれていて、そのどけた雪は歩道に積み上げられる。当然歩道は通れなくなる。この地で生活しているうち、雪国における「歩道」とは冬の雪置場としての機能が主なのであり、それゆえに幹線道路のみならず裏通りや路地にいたるまで、雪国でなければまず歩道は設置されないだろう、というような道にまで歩道があるのだ、そして雪の季節以外は閉鎖したりするのも面倒だしスペースももったいないので歩道に流用しているのだ、ということは理解できてきた。
 それにしても、バス停も何もおかまいなしに雪が積まれてしまう、ということには大いに批判的なのである。バス停のポールが埋もれて見えなくなってしまうことさえある。
 歩行者は雪の壁に密着するようにして車道の端を歩くことになる。足を滑らせて車道側に転んだら一巻の終わり、という状況がしばしばあった。バスに乗ろうと思っても、待つ場所がない(バス停で立ち止まると歩行者やクルマの通行に支障するし当方の安全も保たれない)ので、バスはちゃんと運行しているにも関わらず、乗れない、ということもよくあった。

 わたしは冬の北海道も何度か旅したことがあり、もっと深い積雪があったわけだが、バス停はきちんと空けてあった。そういう除雪のしかたも、しようと思えばできる、ということである。
 現に当地でも、沿道の店の駐車場入口だけは空けてあるわけで、そういう所は空けないと苦情が来るから空けるのだろうが、バス利用者の声なき声は聞いてくれない。これは市としての方針だろうから、業者の責任ではない。

 バス利用者などは少数派だから無視して除雪する。もともと少ない客が雪で乗れなくなってますます減る。バスに乗れなかった客はしかたなくクルマに乗る。交通量が増える。渋滞を防ぐためにますます車道の除雪に力を注がねばならない。
 公共交通機関に関する冬独特の悪循環である。こういうことも、公共交通衰退の一因となっているのだろう。鉄道に乗るにも、駅に通じる通路が除雪されていなかったり、水たまりと化していたりする。
 わたしも雪どころでない都市部に住んでいた時の感覚からいくと、雪が降ると渋滞する、というのが当初よくわからなかった。あっちでは、雪が降ったら普段クルマの人も運転を怖がって電車にするから、むしろ道路ががら空きになり電車が込んだものである。

 
 それが、この冬は少々事態が変わっているのを感じた。
 歩道の除雪もかなりされるようになった。幹線道路に融雪装置の整備が進み、除雪の労力に余力が出たのだろうか。以前は沿道住民のボランティアに頼っていた歩道の除雪に、市の除雪機が入って、二人分の幅が確保されている。当然ながら非常に歩きやすいし、バスも待てるようになっていた。これはありがたいことである。この地の公共交通が崩壊に至るまえにこうなっていれば、と残念ではある。
 ただ、融雪は確かに車道を通りやすくするのに効果があるが、これはこれで問題がある。車道からも歩道からも邪険にされた雪が路側帯に溢れ、これが排水孔を塞いでしまい、行き場を失った融雪の水で、道が泥沼になってしまうのである。歩いていてこういう所にさしかかると、まことに情けない気持ちになってしまう。防水の靴を履いていても十センチもの深さの水のなかでは役に立たない。

 いい方向に変わりつつあるので、さらに通りやすい道としてほしいものである。
 わたしももちろんできる範囲でバス停の除雪などに協力しているし、今後もしていきたい。

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