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2010年2月28日 (日)

ヒトは食べられて進化した?

 「人類史の常識をくつがえす衝撃の進化論」という帯の惹句に引き寄せられて『ヒトは食べられて進化した』(ドナ=ハート/ロバート=W=サスマン 伊藤伸子・訳 2007 化学同人)を読んでみた。

 
 しかし、常識をくつがえす、というほどのものなのか、という気がする。もともとわたしに進化論の常識がないからだろうが。同書を通じて述べられている主旨は至って単純だ。

 

 人間の先祖たちは、猫科や爬虫類など、人間を襲って食おうとする動物から逃げまどい、撃退する術を身につけるため、知能が発達し、個体相互の連携を強めて社会性を身につけていった、という進化観である。
 古代人類の骨(頭蓋骨など)に、咬まれたような穴が開いていて、それは当時棲息していたネコ科動物の顎のサイズに一致する。そういう実例をもって(もっとも同じ例が何度も紹介されて厭きてくる。学術論文を集成した本なのだろうが、もう少し整理してほしかった)それを証明しているわけである。

 
 ただ、今だって動物に襲われて命を落とす人はいるわけで、身を隠す建物も立ち向かう武器もなかった時代に、人間が動物に食い殺されることが多くあったのは、それほど驚くべきことなのだろうか。そして、それが進化のきっかけになった、と論証できるのだろうか。同書を読んでも、よく分からなかった。
 同書の原題は、『Man the Hunted』である。山極寿一氏が寄せている「解説」によると、これは『Man the Hunter』という狩猟採集民研究の名著の書題をパロディにしたもののようである。米国では、原始人類を「狩るヒト」と捉え、狩る側に立ったことが人間の高等さをもたらしたとし、その事実を選ばれた種としてのプライドの裏付けとするのが、一般的なのだろう。
 わたしにはそんなイメージが全くなかったので、さほど同書の内容に驚かなかったわけである。霊長類は元々肉食と草食といずれだったのかすらわたしはよく知らない。雑食になることで、「食」の選択肢を拡げ、それを探すエネルギーと時間を節約し、知恵を発達させる余地が出たのではないか。特に、やみくもな採集を止めて耕作や家畜の飼育をして計画的・効率的に食料を得る目的で定住するようになり、社会が成立した、と何となく考えていた。

 
 「狩るヒト」と「狩られるヒト」というのは、そもそも対立する二者択一の対象となる概念なのだろうか。人間は狩猟することもあれば、襲われることもある。それは昔も今も変わらないのではないか。
 大きく力が強い動物が、より弱い動物を食べる、という食物連鎖の構造を、知能という新たな武器をもってして崩してしまったヒトという種の特異性はよく分かる。ただ、その知能が発達した理由は、かなり複合的なものではないか、と考えるのだが、どうだろう。

 
 この本で感心したのは、伊藤氏の訳だ。なかなか洒落た言葉遣いで気に入っている。訳書独特の読みにくさというものが、かなり減殺されていると思う。

(下の画像は楽天ブックスの同書ページにリンクします。購入もできます)

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