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2010年4月 2日 (金)

落ち着かない「~かったです」

 学生の作文によくある表現に、こういう類がある。

(1) 工場見学は、とても楽しいでした。(×)
(2) マトリョーシカをもらって、嬉しいでした。(×)

 これらは、共通語としては一応誤りであるから、朱を入れることになる。しかし、どうも朱を入れるのが後ろめたい。文法的に特に間違っていないからである。誤りとされるのは、単に規範的な文型として認められていないからである。
 いうまでもなく、共通語ではこうなる。

(3) 工場見学は、とても楽しかったです。
(4) マトリョーシカをもらって、嬉しかったです。

 共通語で形容詞文完了かつ丁寧の形にするときはこうすることになっているのだ。~いでした の形が、現任校に来てから顕著にみられるようになった、ということから推測して、おそらくこの地方では、~いでした が共通語だと思われているのだろう。だから、地元出身の小中学校の教員も、これらの文型を修正しなかったのだろう。そつのないタイプの優等生でも平気で(1)(2)のように書くからである。
 ある地方でのみ共通語だと思いこまれている(実際は共通語ではない)表現、というのはけっこうある。音声(アクセント)・語彙・文法いずれのレベルでもある。~いでした が共通語と思われている地方もあちこちにある、と聞く。当地もその一つなのだろう。

 ただ、「形容詞文完了かつ丁寧の形にする」というのは大変難しく、戦後文部省が口語文法の規範を作るとき、定着した規範文型がないため、敢えて(3)(4)を規範として設定した、と聞く。要するに、多分に人工的な文型なのである。
 「形容詞文完了かつ特別丁寧の形にする」なら簡単である。

(5) 工場見学は、とても楽しゅうございました。
(6) マトリョーシカをもらって、嬉しゅうございました。

 これは昔から使われて定着していた。楽しゅう・嬉しゅう は、それぞれ形容詞連用形の 楽しく・嬉しく ウ音便を起こした形である。ただし、現代では少々古めかしさは否めず、あまり聞かれなくなった(変換もできなかった)。
 (5)や(6)が大時代な言い方であるがゆえに、(3)(4)を作る必要があったのだろう。そもそも完了抜きで丁寧だけを付けること自体、形容詞文は難しい。~いです が一応規範であるが、これも、~うございます の形が戦前の規範だったのを、簡略化しようとして作ったのだろう(もっとも、方言では昔からあったようだ)。
 ~いです に単純に た を下接して ~いでした として何がいけないのか、という問いに答えるのは難しい。そうは言わないことになっているから、としか答えようがない。 

 形容詞文以外の構文で完了かつ丁寧の形にするときは、どうなるであろうか。動詞文・存在文・形容動詞文・名詞文・形式名詞文(厳密な文型分類ではない)で考えてみよう。

(7) 神棚にハワイアンバーガーを供えた。
(8) あの教室には扇風機が十五台あった。
(9) その日の寄席の客席はすこぶる静かだった。
(10) 上戸彩のお父さんは一乗谷出身だった。
(11) こうして太郎は地蔵になったのだった

(7)(8)をそれぞれ丁寧にする。あくまで共通語の規範的文型で、という前提である。

(12) 神棚にハワイアンバーガーを供えました。
(13) あの教室には扇風機が十五台ありました。
(14) その日の寄席の客席はすこぶる静かでした。
(15) 上戸彩のお父さんは一乗谷出身でした。
(16) こうして太郎は地蔵になったのでした。

 丁寧の助動詞ますです かの違いはあるが、いずれも丁寧の助動詞完了の助動詞 の前にある。これらと並べてみても、逆の語順になっている(3)(4)が浮いていることが分かる。(1)(2)もこなれてはいないが、まだしも(12)~(16)と整合がとれるのではないだろうか。
 試しに、(12)~(16)を無理やり(3)(4)と同じ語順にしてみよう。

(17) 神棚にハワイアンバーガーを供えたです。(△)
(18) あの教室には扇風機が十五台あったです。(△)
(19) その日の寄席の客席はすこぶる静かだったです。(△)
(20) 上戸彩のお父さんは一乗谷出身だったです。(△)
(21) こうして太郎は地蔵になったのだったです。(×)

あれ、意外に悪くないではないか。
 (21)はいくらなんでも、という感じだが、それ以外はけっこう聞くのではないか。このままでは不自然に感じる人も、です を若者風簡略形にすれば、少なくとも口語での許容度が上がるのではないか。

(22) 神棚にハワイアンバーガーを供えたっす。(△)
(23) あの教室には扇風機が十五台あったっす。(△)
(24) その日の寄席の客席はすこぶる静かだったっす。(△)
(25) 上戸彩のお父さんは一乗谷出身だったっす。(△)

 こんな具合だ。このように、構文にかかわらずとにかく文末に です を付けることで丁寧をあらわすような文法の平準化が、現代は進んでいる(わたしはこれを、「タラちゃん化現象」と呼んでいる)。

 さて、今度は(7)~(11)を特別丁寧の形にしてみよう。すると今度は、(7)の動詞文が難問となる。

(26) 神棚にハワイアンバーガーを供えたでございます。(?)
(27) あの教室には扇風機が十五台ございました。
(28) その日の寄席の客席はすこぶる静かでございました。
(29) 上戸彩のお父さんは一乗谷出身でございました。
(30) こうして太郎は地蔵になったのでございました。

 動詞文動詞文のまま特別丁寧にするのは難しい。(26)もずいぶん落ち着きが悪い。実際にはたいてい形式名詞文に変換するだろう。ことほどさように、日本語の文法体系は隙間が多い。
 ともあれ、(27)~(30)、それに形容詞文の(5)(6)も含め、特別丁寧の補助動詞((27)だけは本動詞) ございます に完了の助動詞が下接している。

 完了の助動詞は文末にくるケースが大勢なのである。それだけに、ますます(3)(4)を規範としたことが悔やまれる。どうせ人工的に文型を作るなら、なぜ(1)(2)にしなかったのか、と思う。
 とはいえ、(1)(2)も舌足らずな感がある。体系上矛盾のない、あるべき形容詞文の丁寧かつ完了の文型はどういうものだったか、を考えてみる。
 素直に考えて、従前からの特別丁寧の文型だった(5)(6)をそのまま簡略化すればいいのだ。ございます を普通の丁寧にすると、あります になる。そこで、ウ音便もやめて、

(31) 工場見学は、とても楽しくありました。(×)
(32) マトリョーシカをもらって、嬉しくありました。(×)

とすればいいわけだ。あるいは、さらに くあ の音をつづめて にしてしまってもいい。形容詞連用形に古典語時代の かり を復活することになる。~楽しかりました・~嬉しかりました となる。

 これが妥当だとは思うのだが、現行の学校文法ではもちろん認められない。隔靴掻痒の思いとともに、(1)(2)に朱を入れるしかないのだ。 

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