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2010年5月 4日 (火)

母さんを客観視するのか。

 「かあさんの歌」(作詞・作曲 窪田聡)は、現代の日本人なら誰でも歌えるだろう。
 1番の歌いだしをちょっと口ずさんでみていただきたい。

かあさんが 夜なべをして 
手袋 編んでくれた

 みんなこう唄うだろう。わたしもそうだ。ところが、実はこれが間違いだ、という。
 窪田氏の原詞では、こうなっているのだ。

かあさんは 夜なべをして
手袋 編んでくれた

 この曲をとり上げていたテレビ番組で、窪田氏は、敢えてお母さんを客観視したくて にしたのだが、みんなそう唄ってくれない、という主旨のことを語っていた。
 しかし、どうもこれは思わせぶり、というか、不自然な歌詞である。 とは、そう簡単に入れ換えられるものではない。例えば、

 むかしむかし、あるところに、おじいさんとおばあさんありました。おじいさん山でしばかれて、おばあさん川へ転宅しました。

という昔話の冒頭風の文でもお分かりのように、物語的文章では、主語の概念が初出の時は が、二回めは が下接するのが自然である(よく「未知の  ・既知の 」などと言われる)。
 説明的文章なら、

春は武蔵丸。

などといきなり で始まってもいい。
 しかし「かあさんの歌」の歌詞は、明らかに物語的文章である。なぜなら、この部分に続く歌詞、

木枯らし吹いちゃ 冷たかろうて
せっせと編んだだよ

 は、かあさん の手紙(便り)の文言を言語描写したものだろう。一回きりのできごとの描写でつないでいくのは物語的文章だ。

囲炉裏の 匂いがした

も、一回きりの事態の嗅覚的描写である。冒頭が かあさんになるのはやはりおかしい。全体が物語的文章であるなら、わたしたちのスキーマとしては、最初は でないと落ち着かないのだ。

 おそらく、窪田氏が、客観視したい、というのは、かあさん を敢えて情緒ではなく説明的に語りたかった、という意味なのだろう。ほのぼのとしたあたたかい母親への慕情を描いたありきたりの曲にはしたくなかったのだろう。
 しかしそれなら、続く歌詞を説明的文章にするべきだった。つまり、個別でない一般的な母親の典型を説明すればいいのであり、手袋 編んでくれた という一回きりの事態を描写しない方がよかったのだ。全ての母親が徹夜で手袋を編むわけでもないだろう(わたしの母は編んでくれたことがあるが、母親の行為として典型的、というわけでもなかろう)。
 「ヤンキーの兄ちゃんのうた」(作詞・嘉門達夫)の歌詞は、まさに典型的なヤンキー像を、描写でなく説明している。

ヤンキーの兄ちゃんはツバをはく
ヤンキーの兄ちゃんはまゆ毛そる
ヤンキーの兄ちゃんはそりこみ入れる
ヤンキーの兄ちゃんは短いパーマあてる

 (後略) 

 これなら、 を使っても自然だ。この ヤンキーの兄ちゃん は個別ではなく一般の人物像をあらわす。

 しかも、くれた という表現で、この事態によって話者が利益をもたらされたことが明示されているのだから、相当明確に話者個人(個別)の立場がでてしまっている。これが と整合しない。どう考えてもこの かあさん は話者個人のたった一人の母親を指している。そして、日本人にとって母親というのは、そういうふうにしか語りようのないものではないか。

 言い換えれば、むしろ の方が「客観的」になるのである。かあさん の姿を遠くから坦々と描写しようとするのだから。 はどうも、これから かあさん説明してみせますよ、という作為を感じさせるし、ほら、あんたも知ってるあの かあさん の話をするんですよ、と言いたげに聞こえる。

 
 間違った歌詞が拡がってしまったのは、いわば壮大な「社会的添削」の結果であろう。皆やはりここは でないと歌えないのだ。 

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