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2010年5月20日 (木)

再録・流行語対照(1)~ 「あり得ない」

 以前の記事に書いたとおり、当ブログのことば関連カテゴリーとノリが類似しているTV番組『みんなでニホンGO!』の放送が進んでいるため、ネタの重複を避けるため、というか既に重複しているものもあるのだが、こっちが先に言ったのだ、ということを示すためにも、前身掲示板の連載であった「流行語対照」シリーズをここに順次再録していきたい。掲示板からブログになったことで、書式の一部が変更になるが、本文は用字用語のミス以外、内容には手を加えない。
 平成16年当時の連載であるから、少々記述内容の古くなったものもあるが、それは適宜補足説明することにする。

 初回は、「あり得ない」である。

★ 「あり得ない」

 何の変哲もない語句だが、近年はまさにあり得ない使い方が流行している。

(1) あの先生の板書のしかた、あり得ないよね。(学生の発言)
(2) 
迷惑メールの通話料払うなんて、あり得ない。(ケータイのCMより)
(3)
 オーストラリアで見上げた星空はあり得んくらいきれいだった。(学生作文より)
(4)
 食堂に入る時はあり得んほどの大声で「失礼します」と言わされる。(学生の発言) 

 これらの表現はいずれも従来の規範的な語法に違反している。(1)~(4)に共通する違和感の元は、実際に存在している事態を「あり得ない」と評しているところだ。あり得ない は、元々「存在することができない」というのが文字通りの意味。そこから、「絶対に存在しない」という意味に転じた。だから、例えば架空の板書のしかたを想定または例示して、「こんな板書のしかたはあり得ない」というなら、まっとうな用法である。しかし、実在する先生が実際に授業でしている板書のしかたをとりあげて あり得ない と表現することは、本来あり得ない。
 この現象は、言葉の意味がすり減っていくというよく見られるものだが、そこには若年層の無気力な風潮が絡んでくる。
 この言い回しの流行は、おそらくバラエティー番組が発端だろう。コントなどの中で、
あり得んやろ というようなつっこみを入れるわけである。コントという虚構(それも現実性の低い虚構)の設定を評して「こんなことは現実にはあり得ない。何と馬鹿な設定(もしくは展開)だ」という意味でつっこみとして成立する。このつっこみにおける「あり得ない」の用法は従来の語法に照らしても正しい。
 ところが、これが日常の現実の事態を評する表現として汎用されると、おかしなことになる。(1)では「先生が非常識な板書のしかたをする」、(2)で言えば、「迷惑メールの分の通話料を支払っている」という事態は現実に起こっている事態であるにも関わらず、思考の中で虚構扱いの別枠の中に入れてしまうのである。そうすることで、自分の手の及ばない事態として扱われることになり、自分は当事者として関与し、解決する責任から逃れられる。傍観者ないし評論家の立場に立てばいいのである。
 このような認識に基づいて、「絶対に存在しない」→「存在するとは思えない」という意味のランクダウンが起こり、「対処に困る」「非常識だ」という意味の慣用句になった結果が(1)である。
 これが、対象となる事態の存在そのものを否定したい、という少々危険な願望と結びつくと、(2)になる。嫌な内容、自分に利益を及ぼさない内容のメールや着信履歴をボタン一つで削除してこの世から抹消できたり、ゲームで簡単に敵を殺したりすることで、人物や事物の存在に対する敬意が薄くなっている最近の風潮と相通じる、と言えよう。望ましくない事態は見ないふりをし、自分が見ない(否定した)ものは存在しないと思っている(思いたい)視野の狭さが現れている。対象と向き合って戦ったり克服したりする自信と意欲がないから、存在を否定するのだ。こうして、
あり得ない は、「認め(たく)ない」「とんでもない」の意味をももつに至る。
 さらに、マイナス評価の意味を失い、単に「めったにない」「度が外れた」という意味にまで磨耗させたのが(3)(4)であり、汎用もここまでくると、もはや日本語の乱れといってさし支えない。
見たこともない この世のものと思えないあってはならない考えられない奇妙だ大げさだ などなど、文脈に従って多様な表現を使い分けようとせず、意味が少しでもあてはまりそうなら あり得ない に逃げ込む横着さの現れである。

(以上、平成16年記述)

 その後の数年で、あり得ない はそれほど頻繁には聞かれなくなったが、消えたわけではない。流行語というより、日常語として定着してしまったようだ。このほかにも、無理 というような語が、人や事態に対する拒絶の念をあらわすのに汎用されている。

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