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2010年7月14日 (水)

再録・流行語対照(4)~ 「全然」(打消を伴わない)

 (1)のような文に違和感を覚える日本人は少なくない。

(1) 全然大丈夫!

 なぜならば、多くの人が、「全然」の後には打消が来なければならない(いわゆる陳述の副詞である)、と小学校からたたき込まれ、言い間違いを正され、作文に朱筆を入れられてきた経験があるからである。
 そういう経験が胸に引っかかっている(「胸に引っかかっている」程度のことを「トラウマ(精神的外傷)」なぞと大げさに表現する軽薄な風潮もまた困ったものだ)人は、その恨みを晴らさんとして、「全然大丈夫」は全然大丈夫さ、と主張する。多くの場合、その根拠は夏目漱石である。先生に言われたことを確かめようと、『新潮現代国語辞典』を引いてみると、こんな例文が載っているからだ。

(2) 一体生徒が―悪るいです〔坊つ〕

 〔坊つ〕 とはもちろん『坊っちゃん』のことである。ほら見ろ、かの文豪もちゃんと打消なしで使っているじゃないか。すると、反論が来る。「坊っちゃん」はがさつな男だから、わざと間違った言葉遣いをさせているのだ、と。でも、漱石自身の講演録からの例文もちゃんと載っている。

(3) こうやって演壇に立つのは、―諸君のために立つのである、唯諸君のために立つのである、と救世軍のようなことを言ったって〔漱石・大阪講演〕

 もう文句はない、全然大丈夫 は全然大丈夫!

 で話が終わるかというと、そう簡単にはいかない。確かに明治期には 全然 断定にも使ったようだ。しかし、現代の 全然 断定・打消のいずれにも使われ得る、ニュートラルな副詞だと仮定すると、説明のつかない表現がある。全然 が単独で使われる場合である。
 こんなウィスキーのCMをご記憶だろう。会話がどんどん盛り上がって、クライマックスに来たところで、真田広之が
全然」と言って、一気に白ける。あるいは、ドラマ『ER』にこんなやりとりがあった。

(4) カーター「君、僕が復帰したことに何か不満がある?
   フィンチ「
ぜ~んぜん

 (4)の二行めは、当然「全然不満は感じない」という打消の意を読み取ることになる。
 これらの例は、
全然 そのものに否定的な意味があることを証拠だてている。明治の語感からは確実に変化しているのだ。
 さらに言えば、

(5) 「全然大丈夫」という文には全然違和感がない。

 という文には全然違和感がないだろう。しかし、実は(5)は打消の文ではない。ない という述語形容詞は原形のままであり、打消されていないのだ。これはいったいどういうことなのか!(某番組風) 
 この「否定的な意味」の内実をもう少し掘り下げてみよう。
(5)に類似する例文を挙げよう。

(6) ク活用形容詞「ない」と打消の助動詞「ない」とは全然別の単語だ。

という文にも違和感は少ない(ないとは言えない)。(6)も文末は断定の助動詞であり、打消の文ではない。
 このことから、「
全然 打消を伴わねばならない」という規則は、誤りだと分かる。(5)(6)を自然な表現と感じさせているものは、打消(の助動詞)という形式ではなく、述語に含まれる「否定的な意味」なのだ。
 次の二文を比較してみよう。

(7) 彼のピアノは十年習ってるだけあって全然上手いよね。
(8) 彼のピアノは十年も習ってるのに全然下手だよね。

 (7)と(8)とでは、やはり(8)のほうが許容度が高いのではないか。下手だ 打消の文述語ではないが、この述語形容動詞そのものにマイナス評価が含まれているのと、十年習っている という前文脈の事態と相反する評価が下される点で否定的ニュアンスが生まれるため、全然 と呼応しやすいのだ。

 会話の場合は、その前の相手の発話が前文脈となるので、相手の思惑との間のくい違いといったものも、否定的ニュアンスの元になる。

(9) 先生明日の合唱コンクールの準備はこれで万端だな!
   生徒「
全然OK!

とはなりにくい。先生と生徒たちの認識が一致しているからだ。

(10) 先生「おい、君達そんなことで文化祭は大丈夫なのか? 
    生徒「
然大丈夫です

の方が、全然 が入りやすい。先生の予測を裏切る返事をする、という意味で、「相手の認識を否定する」という否定的意味の片鱗が文述語にあるからだ。

(11) 家庭教師「たまおちゃん、これわかる
    生徒 「
全然、わかりますよ

の場合も、生徒は「あっ先生はあたしが分からないと思って聞いてんだな。ところがどっこい、あたしは分かるんだ」という意識があるから 全然 が出たものだろう。

 このように、現代の「全然」は、「述語自体に含まれる否定的意味」や「文脈上の予測に反する内容」を含めた、相当広義の否定的ニュアンスがある場合なら許容される、ということである。
 
全然大丈夫 は、語法違反であるように見えるものの、文脈上の条件が整いさえすれば全然大丈夫なのだ(ただし、もちろん談話での俗な表現としてOKなのであって、文章の表現としては(6)あたりが許容の限界である)。

(以上、平成16年記述)

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