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2010年7月30日 (金)

朝ドラ復権の足がかり

 今季の朝ドラ『ゲゲゲの女房』は、なかなかの人気である。
 作品自体の人気か、朝ドラという枠が見なおされているのか、両方の要素があるのだと思うが、なんにせよ好ましいことだと思う。大衆受けと作品の質との両立を狙う伝統のドラマ枠が今後も存続し、多くの人に親しまれることは、わが国の芸能文化にとっていいことだ、と考えるのである。

 わたしの大好きな『ちりとてちん』も近年では破格の人気があった作品だが、『ゲゲゲの女房』の人気は、それとはまた異質なものがあるように思われる。だから、どっちがまさっているか、という比較には意味がないだろう。
 その違いを考えてみよう。

 まず、視聴率にあらわれる違いである。

 『ちりとてちん』の視聴率は振るわなかった。前季『ウェルかめ』まで、近年の朝ドラの視聴率は、作品ごとに最低記録を更新しつづけたのであり、『ちりとてちん』もその流れのなかにあった。すなわち、前作『どんど晴れ』よりは低く、後作『瞳』はさらに下がった。
 その『ちりとてちん』が前後の作品と比べて異例の好評を得た、とされたのは、イベントへの人の集まり方や、DVDの売上によるものである。通常朝ドラの視聴率は、総合テレビの朝の本放送のものが発表され、再放送やBSでの放送、それに録画された場合はカウントされないから、『ちりとてちん』は、そのカウント外の視聴形態、つまり従来の視聴層と異なる視聴が桁外れに多かった、ということになる。
 特に、録画して観る視聴者が多かったのではないか、と推測する。人物の細かい動きや表情、背景などにも意味をもたせていることが多く、何度も繰返し観ることで、解釈の深まりがあり、それがまた楽しい作品だったからである。DVDが売れたのも、そのためであろう。
 『ちりとてちん』は、朝ドラの新たな視聴層と視聴形態を拓いた作品、と言えよう。

 対する『ゲゲゲの女房』は、視聴率そのものが上向いている、という。つまり総合テレビの本放送を観ている人が増えたのである。これは、作品自体の力と放送時間の変更、という二つの要素によるのだろう。
 作品は、地味な内容だが、何といっても、舞台となるのが戦後から昭和末期にかけてという朝ドラが最も得意としてきた時代である。こういうことから、昔からの朝ドラ視聴層で、最近続いた実験的な作品によって離れかけていた人を、呼び戻すことができたのではないか。 
 もう一点の、総合テレビでの放送時間を8時からと従来より十五分繰り上げたこと。NHKにとっては、数十年にわたって定着してきた時間を変更することは、賭けであったろう。なにしろ、先日土曜日の朝ドラ空けのニュース(後述のように、名物?だった「朝ドラ明けのニュース」は土曜日だけとなった)冒頭で、アナウンサーが、
「八時はっ…、八時十五分になりました」
とやっていたほどだ(なお、このアナウンサーは、『ちりとてちん』プレ最終回で、「明日の最終回もお楽しみに」とやったあの人である。何かと話題を提供してくれる)。
 8時15分からとなると、専ら夫や子供を送り出した後の主婦が観る時間帯であったが、十五分違うだけで、家を出る前に観て行くことのできる人が増えた。
 そして、何といっても8時ちょうどという開始時刻は、明らかに『とくダネ!』対策と考えられる。かつては朝ドラとの勝負を諦めて8時30分始まりとしていた朝のワイドショー群が、近年は8時に繰り上がって朝ドラを脅かす存在となり、そのなかでひとり勝ちしていたのが『とくダネ!』ということである。これを奪い返すことはNHKにとって至上の課題であったろう。
 八時十五分といえば、『とくダネ!』はオープニングを終えて、その日のトップニュースを詳しく伝えている時間である。『とくダネ!』を一旦見はじめてしまうと、最重要の話題の途中でNHKにチャンネルを換える気にはなかなかならない。
 しかし、8時に同時に始まるのなら、まず朝ドラを観てからフジテレビに回そう、と考える視聴者もでてくる。この作戦は当たっていると言えよう。そして朝ドラ終了後にフジに換えられないように、月曜から金曜の朝ドラを受けてそのままモーニングワイド『あさイチ』が始まるようになっている。『あさイチ』の第一声はその日の『ゲゲゲの女房』に関するものであることも多く、NHKらしからぬと評判の番組テイスト、そして番組タイトルも含め、『とくダネ!』が大いに意識されている。

 
 ドラマの内容も対照的だ。
 『ちりとてちん』は、詳密な伏線の張り方と、演出の妙、そしてなんといっても、ヒロインのみならず、その家族や脇役まで、人物がしっかりと描かれていたことが、観た人の心をつなぎとめたと思われる。
 ストーリー自体はそれほど目新しくはない。ある職業を目指す女性が、それになるために頑張り、なった後も自分を磨いていく、というのは、朝ドラの定番である。落語家になっただけでは終わらず、さらに上のステージとしての「おかあちゃん」に進む、というのも、そういうモチーフが明確に語られたかどうかはともかく、過去の作品にもあったことである。

 『ゲゲゲの女房』は、朝ドラとしては珍しいことに、ヒロインが専業主婦である(もっとも、ヒロインの布美枝は、夫・水木しげるのアシスタント兼秘書役を務めたりしてサポートはしているので、純粋な専業ではない)。最初から「おかあちゃん」的な存在なのである。ステージを上りつめていくのは、あくまで夫であり、ドラマのなかで起きる主要な事件は、ほとんど夫とその漫画に関わることである。夫婦以外の人物の人間像までは、あまり描かれることはない。
 ただ、ヒロインの目から夫の姿を描くことで、実在の有名人でかつ風変わりなキャラクターである夫に、視聴者は直接感情移入しなくてもいい。人気漫画家の妻でありつつも、庶民の価値観と感性を保っているヒロインの視座に、視聴者が自然に寄り添い得るのだ。
 本来の朝ドラ視聴層なら、一度観たら惹きこまれることであろう。

 
 もちろん、両者の共通点も、探せばいろいろでてくる。
 『ちりとてちん』も『ゲゲゲの女房』も、ヒロインは子供の頃からどんくさく要領が悪かった。そういう自分を変えたくて試行錯誤するところは似ている。
 そして、結婚後の貧困生活も共通している。初めてまともな収入を得られた時、ヒロインが通帳を開いてとまどうところも。生活にいくぶんの余裕のある(朝ドラをゆっくり観られるというのはそういう人だろう)視聴者は、かつての自分に重ねて、余裕をもって愉しめるだろう。
 ニュースでは、『ゲゲゲの女房』で、ヒロインの子供時代を演じた子役がヒロインの長女役で再登場することになったことが報じられ、これは『ちりとてちん』以来だ、としているが、それはどうなんだろう。『ちりとてちん』の場合は、再登場といってもあくまで喜代美の妄想のなかに出てきただけであり、妄想している時点では男の子か女の子かも分かっていなかったのだ。そして、出産がラストシーンだったのだが。

 最大の共通点? は、言うまでもなく、『ゲゲゲの女房』の主演女優である松下奈緒さんが、『ちりとてちん』のテーマ曲を担当していた、という朝ドラ史上例をみない縁の深さである。
 そういうことで、『ちりとてちん』以来の新たな朝ドラ視聴者層をも、ある程度はつなぎ止めることができているのだろう。

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