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2010年8月 3日 (火)

再録・流行語対照(5)~ (終助詞としての)「し」

(1)安田善範「今度は何があったんですか?」
  
まんてん「あっ、そうじゃ! 電話せんと!」
  
安田「聞いてへんし」
      

(ドラマ『まんてん』より)

 というような、接続助詞 の言い切りである。これまた現在は若年層を中心にかなり浸透している表現である。
 
接続助詞 は、共通語では累加・並列の意味である。

(2) 雨には降られるし、クルマは壊れるし、散々な目にあったよ。

という  である。
 一方で、近畿を中心として、比較的広範囲で
 原因・理由を表す接続助詞としても使用される。共通語の から に置換できるが、から ほど語意が強くはない。あるいは、原因・理由の接続助詞は、さかい がやはり近畿を中心に分布しているが、  さかい ほど語意が強くない。

(3) (電車の中で少し離れた所にいる連れに向かって)(降りる駅は)次やしな」
(4) (飲食店の従業員同士の会話で)「7番にお冷や出してな。ここ置いとくし」

 このように、原因・理由をはっきり示して後段の主節に続く、というよりは、文末に軽く添える終助詞的機能の方が強いと言えるかもしれない。(3)は「そろそろ降りる用意をしなさい」という命令を間接的にしているのだが、ストレートな命令表現で語調がきつくなるのを避けるため、主節を省略しているのである。(4)が主節の命令表現を前に出して倒置としたのも、命令で言い切ってきつい語調になるのを避けたものである。
 さて、現在流行する言い切りの
がどちらであるのか、というのはなかなか難しいのだが、両者の中間の機能ではないだろうか。累加・並列の意味の を無理やり終助詞に転化したのである。普通に考えれば、累加・並列である以上、この の後にはまだ文が続くことになり、本来文を言い切っていない、ということになるはずである。まさにここにこの表現が多用される原因がある。
 (1)で言えば、
「あっ、そうじゃ! 電話せんと」と言っているまんてんは、横にいる安田など眼中になく、安田は立場をなくしているのである。この事態を安田がつっこむわけだが、ここで、

(5) 「聞いてへんのですか?」

と言ったのでは、形態としては質問表現であるから、まんてんに返答を要求していることになる。しかし、まんてんから答えが返ってくる可能性は低いだろう。この質問をも無視された場合、安田はいよいよ傷つくことになる(「うん、聞いてない」と答えられても傷つくが)。これを避けるためにこの文型にしたわけである。すなわち、質問しているのではないが、どうにかして自分の感情をまんてんに伝えたかったのである。質問や命令の形態をとらないうえ、文が完結していないから、まんてんから返答がなくても、無視されたことにならず、プライドは保たれる(安田は漫才コンビ「りあるキッズ」のボケ役の方であるため、ストレートなつっこみがキャラクターに合わなかった、という理由もあるだろう)。
 一人で研究室に来た学生が、部屋を見わたして言った。

(6) マンガいっぱいあるし

 室内にはこの学生とぼくの二人だけである。ぼくの方を見ないで、本棚を見たまま言ったのである。なかなかシャイな学生である。

(7) マンガいっぱいあるんですね

 と言って会話を組織していく器量がない、もしくは、ぼくが会話にのってきてくれなかったら、という不安があって、(7)の文型がとれなかったのだろう。こういう学生が増えてきた。ぼくの方を見て、(7)の文型で言ってくれたら、ちゃんと返事をするんだが(せざるを得ないだろう)。
 もちろん、相手からの返答があるかどうか覚束ないような場面でない発言、すなわち、既に相手と幾ばくかの言葉を交わして会話が成立しているにも関わらず、文末の
 ~し が使われることもある。その場合は、自分の発言で会話が終了したり、中断したりする責任を回避するため、相手の返答を求めているのかどうかが曖昧な文末形式をとるのだ、と考えることができよう。こういう掲示板でも、自分の書き込みに返信が付かなかったり、続いていた話題が自分の書き込みで終わってしまったりすると、何か落ち着かない気分になるものだ(だから管理人は極力返信を付けるし、話題収束という嫌な役回りを進んで引き受けることになる)。日常会話にもそういう心理ははたらくものである。
 結局、これもまた現代人のコミュニケーションのとり方のぎこちなさと自信のなさ、そして傷つくことを避ける防衛本能からきた表現ということになる。

(以上、平成16年記述)

 その後、この ~し もまた、流行と言えるほどの頻度では使われなくなった。一つの文末パターンとして定着した感がある。
 これは、曖昧な文末形式をとらねばならない機会が減った、つまり、自信をもって話題収束をはかれるようになった、ということか、と言うと、そうではないと思う。これ以外の見かけは断定調・質問調である文末でさえ、収束なのか継続なのかが曖昧な運用をされるようになってきたように思えてならないのである。
 その最たるものが、Web上でも大はやりの「つぶやき」の類である。読んでくれる人や反応してくれる人がいるかいないか分からない言葉を公の場にもちだす。聞き手意識としては、「不特定未知数」とでも言うべき新しいジャンルである。あくまで「つぶやき」だから、反応がなくても傷つかない。この傷つくことや気まずいことを回避する、というのがシステム化されたわけで、ここまできたか、と思う。これは裏返せば、他人の発していることばを平気で無視する、ということにもつながる。これはちょっとしたことばの危機であるのかもしれない。

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