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2010年8月22日 (日)

盆の同窓会(恩師枠)

 同窓会は、だいたいお盆か年末年始に開かれる。こういう仕事をしていると、同窓会が二階層になる。自分が卒業生として参加する場合と、恩師(自分で言うのはおこがましいが、まあこういうことになろう)として参加する場合とである。
 この夏は、後者のものがあった。最も近く担任したクラス、かの麺類部のメンバーがいるクラスなので、卒業して一年半ほどしか経っていない。

 所属校は特殊な校種だし、担任のし方も世間一般からみると変則的である。学校によって違うらしいが、所属校の場合は、低学年(1~2年)はわたしたち一般教科の教員が、高学年(3~5年)は専門学科の教員が担任することになっている。5年間を原則として2人の担任がリレーするのである。同窓会では、高学年の担任を呼ぶのはまあ普通として、低学年の担任が呼ばれるかどうかは、いろいろな要因で決まってくるようだ。幸い、今回は招待を受けた。
 もっとも、すぐ下の学年からは、1年が混合学級になった関係で、わたしたちが同一クラスを二年度持ち上がるということがなくなった。そうなると、低学年の担任が呼ばれることはまずなくなるであろう。クラス替えなしに5年を過ごす最後の学年を担任できたのは、幸運であった。

 
 こういう時は、どれくらいの時刻をめざせばよいか、なかなか難しい。
 二人の担任のうち、主役は高学年の方だと思うし、歳やキャリアからいっても、あちらが先輩格となる。従って、卒業生がみんな揃った後、高学年の担任が来られる前にわたしが着かなければならない。非常に微妙な調整を求められる。
 いろいろ考え、開宴七分前に着くのがベスト、と結論を出して、それに合わせて、最寄り駅に電車で着いてから適度に時間をつぶした後、歩きはじめる。
 そして、会費も難しいのである。わたしへの案内に会費の額は書いていなかった。ということは、基本的に恩師は招待なのである。しかし、謝恩会ならともかく、同窓会でごちそうになりっぱなしというわけにもいかない。適当な額を幹事に渡さねばならないが、この額も、卒業生の会費より大きく、高学年の担任よりも少なくなければならない。店の名を聞いていたので、Webでいかなる店かを調べ、卒業生の会費を推測し、しかるべく処理した。多分大きくは間違っていなかったと思う。

 当日参加した卒業生も読む可能性があるこういう場所に、こんなことを長々と書くのは、何も出席した恩を着せようと思っているのではない。社会に出て、その地位と年齢が高まるほどに、どこにも正解のないことを自分で判断して腹を括らねばならない、と言いたいのである。同窓会などという身近な場面でも、そういう立場の違いがある、ということを。

 というのも、卒業生と話してみて、一年半くらいでは性格やものの考え方が大きく変化するわけではない、と思ったのである。
 もちろん、就職組に関しては、学生から社会人になったことによる、自然な変化、顔つきの引き締まり方もあるのだが、口を開いてみればそうでもない。進学組は言うに及ばず。だからこそ懐かしくもあるわけだが、あまり意外性はない。
 そのように言うと、近況報告で、現役時代には考えられないような行動や立場やをとっている者もいたではないか、と言う参加者もいるであろう。しかし、わたしからみれば(おそらくもう一人の担任からみても)、そんなに驚くに値しないことである。所属校の環境、学科の環境、クラスという環境、この限定された環境のなかで位置づけが固定されてしまって発揮しきれなかった個性が、異なる境遇におかれたときにクローズアップされてきた、ということだと思う。
 むしろ、この子はこういういいところをもっているはずなのに、なんで表に出てこないのか、なんで評価されないのか、と歯痒く見ていたようなところが、今になって日の目を見ていると言う感じがした。企業は学校以上に真剣に適材適所の人的配置をするのであろう。各社員の価値を最大限ひきだすために。

 そういう面白さもあり、また進学組には学生らしくまだまだ夢を追いかけている者もいて、話を聴くのは楽しい。ものづくりの学校を卒業したからといって、その関係の職業に就かねばならない、ということはない。幅広い世界にはばたいてくれた方がよい。社会人と学生とが入り交じるこのくらいの年齢が、同窓会としては最もおもしろいのかもしれない。

 さて、わたしはと言うと、彼らが卒業してからの変化は大きく三つある。
 一つは指が復活したこと。この義指に関しては、この学科の現役の学生たちと同様のものづくり的関心をみせてくれ、触ってみただけで材質を言い当てた者もいた。
 二つめは、著書を上梓したこと。順調に売れ残っているので、この日は数冊バッグに入れて行き、希望者にサイン入りで進呈した。手持ち分全部捌けたので、もっと持っていけばよかった、と思う。
 上記二つだけで十分ウけたため、三つめはスピーチで言いそびれたのであるが、ダイエットに初めて成功した、という点である。現在のところ、前年比約八キロ減である。

 
 四年ないし五年間クラス替えをしないという所属校の性格からいって、同窓会はかなり盛んに行われそうなものなのだが、今までに三度担任して、同窓会に招ばれたのはまだ二度めである。
 最初に担任したクラスは、卒業して十年以上になるのだが、一回しか同窓会をやっていない。オリンピックイヤーに同窓会を開く、という申し合わせになっていたように思うのだが、淋しいことだ(一人~数人の卒業生に個人的に会うことは何度もあった)。二度めのクラスは一度もない(わたし抜きでやっているのかもしれない)。
 わたしにとっても、わたしがやがて担任するであろうクラスにとっても、卒業生との交流はおおいにプラスになる。またこんな機会をもちたいものだ。

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