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2010年9月12日 (日)

再録・流行語対照(7)~ 「~から」(釣銭系)

 これは息の長い流行であり、もはや定着したと言ってもさし支えないだろう。

(1) (スーパーのレジで店員が客に)五百十七円になります。
   (客、千円札を差し出す)千円からお預かりします。
   (お釣りをつかんで)四百八十三円のお返しです。

 この二行めが問題の表現である。もっとも、一行めにも三行めにも問題はあるのだが、この項の本題から外れるので措いておく。もちろん正しい語法では、こうなる。

(2) 千円お預かりします。

 この文の「千円」は、数量を表す格成分である。各種格成分には、そのはたらきに応じて、下接する格助詞が決まっている。主語を示す成分なら格助詞「が」が付いてガ格となるし、動作の行き着く先を表す成分なら格助詞「に」が付いてニ格となる、という具合である。ところが、数量を表す格成分には、格助詞が下接しない。いろんな呼び方があるが、空格とでもしておこう。

(3) 僕には彼女が八人いる、と何回言ったら分かるのか。
(4) 校長へのお歳暮に卵を三千六百個送ったら、半分送り返してきた。
(5) 宝くじで三億円当たったと思ってよく見たら、数字が一つ違っていた。

などの例文で明らかである。各文とも空格が二つ含まれている(←この 二つ 空格)。
 
一方で格助詞 から が付くカラ格は、動作の出どころや経由するところを表す成分である。従って、(1)の二行めのように言うと、千円(札)さんから何かを受け取って預かることになり、奇妙な表現となる。お預かりします という謙譲語の敬意も「千円」に向かっていることになる。えらい拝金主義の店員なのか。
 
これには、「千円の中から代金を預かる」の意ではないのか、という反論も予想される。しかしこれは成り立たない。あくまで千円札を一旦「預かる」のであって、代金は払ってもらって完全に自分(の店)のものになる。だから、その意味なら「お預かりします」という述語と合わないことになる。
 いったいこういう表現はなぜ生まれ、使われつづけるのか。

 
 こういう
釣銭系 から の起源は、二十年近く遡り、紀伊國屋など大型書店のレジにあるのではないか、とぼくは考えている。ちょうどその頃から大型書店では、精算を効率化・迅速化するため、レジスターの前に店員が一人坐り、他の何人かの店員はカウンターで客に応対する、という現在の形をとりはじめたのだ。
 現在では本に付いているコードの読み取りによって自動的にレジスターに値段が伝わるが、当時はカウンターの店員が大きな声で値段を読みあげ、それを聞いてレジスター係が手作業で入力し、釣銭を用意していた。この時読みあげる言葉が、例えば(6)のような具合であった。

(6) お願いしまーす。文庫で四五、コミック外税で五百、雑誌で三七、以上三点(客の出した札を見て)二千からでーす。

 これは、「二千円から合計金額を引いてください」という依頼であり、語法にのっとっている。それを聞いて、レジスター係は相応の釣りを用意する。
 この店員間の符丁を客に対してもつい使ってしまうと、(1)になるのである。身内の、それもプロの世界の符丁を素人である客に対して使うのは、けじめに欠け、品のいいことではない。アルバイト店員も多く、プロ意識が稀薄なこともこの表現の蔓延に拍車をかけたのだろう。品がないうえに語法的にも間違った表現になってしまったのだから、どうしようもない。某コンビニのマニュアルには堂々とこの表現が載っている、と学生に聞いたことがあり、困ったことだ。
 しかし
から を入れたい気持ちも分からなくはない。格助詞が付かない格成分というのは、この数量を表す場合だけなので、無意識に言葉が「省略されている」かのような感じをもってしまう。特にここでは客に対して言っており、敬意を要求される場面だ。敬意というのは、言葉数を重ねるほど強く表すことができるものである。客に対して省略した表現(と思ってるだけだが)を使うのがなんとなく失礼な気がして、何か格助詞を入れたい、という心理がはたらく。そこで符丁に使っている から がすっと侵入してしまうのである。
 かくして書店に始まったこの便利な? 表現が一気に各種店舗へと拡がったわけである。
 類例として、(7)を聞くこともある。

(7) 千円でお預かりします。

 意味不明だが、これは、千円札を出した時に、「小銭を足さなくていいか?」と意志確認する時の 千円でよろしかったでしょうか? から侵入したものだろう。この意志確認にすら 千円からでよろしかったでしょうか?  から が不必要に入ることもあり、さらにさらにこれがまたフィードバックされて、

(8) 千円からでお預かりします。

も出現しているし、代金が千円ジャストであった場合の、

(9) (千円)ちょうどからお預かりします。

を聞いたこともあるし、クレジットカードで支払う時の、

(10) カードからお預かりします。

も聴取例が報告されている。もはや意味などどうでもよくなっている。この種の表現がどこまで増殖するのか、見ものだ。

(以上、平成16年記述)

 これは、その後「問題な日本語」の典型例として挙げられることが多かったせいか、聞くことが少なくなったように思う。
 もっとも、店員が客と金や品物を受け渡しするときに、いちいち口をきかないことが多くなったのかもしれない。
 あるいは、わたしの買物スタイルがこの六年ほどの間に大きく変わったからかもしれない。当時と比べて、買物で現金を出すことがかなり少なくなっている。
 そういうわけで、文法的・語彙的な意味でのバリエーションは増えていない。もちろん、

(11) Edyからお預かりします。
(12) ICOCAからお預かりします。

を聞いたことはあるのだが、稀少例である。

(13) Edyからちょうどいただきました。
(14) お楽しみお買物券でお預かりします。

になると、それでいいような気もする。

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 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
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