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2010年9月25日 (土)

浪花エディション 下

 南海難波駅高架下にある焼肉の店「まるよし」というものである。
 店名に惹かれて選んだが、なかなかゆったりしたテーブルで、くつろげる店であった。肉も国産牛を謳っていて、味もよい。ただし、現役学生である乙男と非文化少年には満足いかなかったのでは、と思っている。

 それというのも、学生たちが普段行くような安焼肉屋ではないので、量より質を旨としている感じだからだ。つい大人の感覚で店を選んでしまう。コースとして皿に乗ってきた肉も、その盛られようはいたって上品なものである。しかも、非文化少年は肉が苦手なので、サラダや焼野菜、それにビビンパなどが中心である。なんとかサイドメニューで彼らのお腹が膨らんでくれていたら、と願う。
 USJ支社長は、自らもそのケがありはするが、高校の非常勤をしていた時の教え子から仕入れた情報により、非文化少年とその方面の話題が合っている。わたしと乙男は、次々現れる知らぬ固有名詞に圧倒される。濃いおたくのくせにメイドカフェに行ったことがないと言う非文化少年を、支社長はしきりに連れて行ってやると誘う。悪いことに、難波の南東側の店だから、しかるべき地区に近い。非文化少年は必死で抵抗する。
 そもそも、タクシーの運転手さんと親しげに話し、焼肉屋のアルバイト女子店員のアクセサリーを褒めたりしているUSJ支社長を、非文化少年はさっきから異形の者を見るような眼で見ている。これ以上の刺戟は厳しすぎよう。いい加減のところでお開きにする。
 それでも、なんでそこのポイントなのか分からないが、「美空ひばりの歌はすばらしい」という点で全員の一致をみたのは救いであった。
 帰り際に、支社長は明日も休みだから付き合いますよ、と言ったが、酩酊の悪のりでもあり、非文化少年が怖がるから無理であろう。辛うじて赤外線をやりとりして、別れる。

 
 二日めは、ホテルで朝食を一緒にとるところからスタートである。わたしは、シティホテルだから、チェックインやレストランに行くときは、ちゃんとした恰好をするよう、言っておいたのだが、わたし自身が面倒になり、いい加減な服装で行ってしまった。申し訳ない。この日は、夕食まで自由行動である。
 わたしは図書館で調べものをしたりお茶を飲んだりと、格別のことはしなかった。大学時代を過ごした街なので、今更見まわる所もない。
 乙男は、市営地下鉄の一日乗車券を買って、市内巡りをした。あてずっぽうに、あるいは駅名に惹かれたというだけで下車して歩いてみる、などという何かプロっぽい旅のし方をしたようである。もしくは、旅番組的、とも言えるだろう。観光ガイドなどに頼らないところがたのもしいことである。わたしの影響もあるのだろうか。
 非文化少年は、千葉エディションの時ほどではないが、フィギュアその他のお土産をまたもや買い込んできた。やっぱり日本橋で一日を過ごしたようだ。USJ社長からのメールが来はしないかと怯えながら。彼は十九歳になっており、それを証明するべく学生証も見せているのに、日本橋では十八禁の品物を売ってもらえなかったそうである。日本橋においては、高専の学生は卒業まで十八歳未満と見なされるということを初めて知った。高専のことをよく分かっているものである。運転免許を見せればよかった、と悔やんでいた。

 しかし、この日夜の報告会での会話からは、ちょっとよろしくないものをわたしは感じとった。非文化少年の発言の背後にあるものが、単に個性や性格で片づかないらしいことに気づいたのである。
 乙男が風呂に入った隙に、非文化少年の心のかなり深部までくい込むような話をしてみた。はたして、彼のことを面白がっている場合でないと思いいたった。救いが必要だ。彼は苦しんでいるし、以前の彼とも微妙に異なっている。元々の性格それ自体が強烈であるためみえにくかったが、どうもそうらしい。
 彼の考え方の欠点は、類型化しすぎることである。自らのもつ経験や情報が乏しく偏っていることに気づかず、聞きかじった表層的で陳腐な印象のみでことを断じようとするのがいけない。それでいて、自分は人一倍ものを考えている、という自負があるので、考えを頑なに変えようとしない。その結果、思考のデフレスパイラルに陥り、苦しむ。
 しゃべる内容としゃべり方が、C-3POにも似てきている(わたしにも多少似ている、ということである)。これでは可哀相である。少しく救いが要る。

 
 最終日は、かなり散乱した部屋をなんとか片づけ、チェックアウトする。
 京橋で大量の(大量なのは非文化少年だけだが)荷物をロッカーに預けておき、大阪城公園の波止場から水上バスに乗る。
 わたしも水上バスに乗るのは初めてである。大阪で生活していると、改めて乗ることもなかったのである。キタでもミナミでもない新しく古い大阪を堪能することができた。
 陸に上がって、京橋花月に向かう。京橋花月は、閉館した梅田花月に代わって開館した吉本興業の劇場で、京阪電鉄の経営である。大阪本場のお笑いを生で観せてやりたくて、コースに組み入れたのである。
 実際に来てみて初めて気づいたが、京橋花月のロゴは、吉本の「吉」の字を丸で囲んだものであった。初日の「まるよし」に続いてまるよしくらぶに相応しい立ち寄り先となった。 
 大劇場のNGKホールとは違い、こぢんまりしたステージであり、それさえも埋まっていない分、出演者と観客の対話がある。「天満天神繁昌亭」とこことどっちにしようか、と思ったのだが、よく似た雰囲気であり、よかった。テレビでおなじみの人や、たまに見かける人、初めての人など、さまざまな芸人さんのネタは、どれも面白い。反応が直に感じられるからか、芸人さんたちもけっこうノッていたようで、八組のネタが全部終わってみると、終演予定時刻を十五分ほどもオーバーしていた。
 恒常的にこういう場が設けられているのが大阪であり、羨ましいことである。

 この日は、みそかつ一宮支社長が、行けたら行くが、どうなるか分からない、と言ってきていた。旅程の確認のメールは直前に打ってあるし、来られないことがはっきりすれば、その旨連絡してくるだろう、それがないということは、サプライズ的にどこかで現れるつもりではないか、そういう性格だ、とわたしは予想していたのだが、結局彼は来なかった。やはり仕事のやりくりがつかなかったのだろう。
 それにしても、一宮支社長に会えなかったのは、残念であった。彼の仕事というのがわたしたちもいま一つよく分かっていない。乙男は、彼がみそかつの店をやっている、と思っていたほどだ。それで仕事の話を聞いておきたかったのだが。

 帰りの電車も、退屈することはなかった。普通この種の旅行では、帰りの車中などはぐったりして会話もなかったりするのだが、一時眠くなる時期はあったけれど、乙男と非文化少年の好奇心は旅の最後まで衰えることはなかったのである。これもくらぶ生として正しい態度だ。
 そういうことで、帰途も楽しく時間を過ごすことができた。収穫といえば、次回エディションの行先候補が三つほど挙がったこと、そして何より、次世代くらぶ生候補の名がわれわれのなかで密かに共通理解となったことである。これらはまだ企業秘密なので、具体的には言えない。会員にはくらぶだよりなどで順次知らせることにする。

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