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2011年3月 1日 (火)

あからさまに『ちりとてちん』

 NHK連続テレビ小説『てっぱん』には、大阪が舞台であることや、担当ディレクターの重複もあって、なにかと『ちりとてちん』の面影がみえる、ということを以前の記事でとり上げている。

 ところが、このごろの『てっぱん』中の『ちりとてちん』の面影ぶりときたら、もう面影のレベルを超えてきている。単に洒落でアイテムをちょっと覗かせている、というに留まらないのだ。2月28日(月)の放送では、ついに両ドラマの世界の隔壁が崩壊したともとれるシーンまであった。

 以前から の家に徒然亭の落語会のチラシが貼ってあったりしたが、最近も『ちりとてちん』関連グッズが画面の端の方に見え隠れしていた。
 ヒロイン あかり が実父である(当時はまだそうとは知らずに) 橘公一 のレッスンを受けた時、商店街バンド練習場の部屋には、イベントなどで使うらしいさまざまな小道具が無造作に置かれていたが、その一つに、ソーセージの形をした被り物があるようだ、とひとしきり話題になったりした。ソーセージといえば、喜代美 が自分の芸名がどうなるか、という妄想のなかで被っていた「徒然亭草せーじ」のあれに紛れもない。
 まあこのあたりはスタッフのお遊びで済むレベルであろう。

  が最後に あかり のお好み焼きを食べて去っていくところで、養父 と会う。 は あかり というすばらしい娘を授けてくれたことを に深謝する。
 このシーンで、 の背後にある古めかしい掲示板に貼ってあるのが、どうも「ひぐらし亭」のチラシのようなのである。小さく映っているだけで、いかにBSデジタルでも、あまり解像度が高くないので、はっきりとは読み取れないのであるが、上に大きく「ひぐらし亭」とあるように見える。
 そして、縦書きにされている出演者のなかで、中央を占めている一番大きな文字は、「徒然亭若狭」と読めるようなのである。
 これは不可解だ。『てっぱん』の現在の設定は2010年だと思うのだが、それなら 喜代美 はとうに落語家を引退しているはずだ。二代目若狭が登場したというわけでもないだろうから、喜代美は早くも高座に復帰したのだろうか。あれほど堅い決意で「おかあちゃん」になったのに。あるいは、喜代美の引退を惜しんだ往時のファンの声に対するスタッフのサービスか。
 『ちりとてちん』らしき要素はあるが、『ちりとてちん』の作品世界そのものとは似て非なるパラレルワールドが、『てっぱん』の作品世界と連続して存在するのかもしれない。そのパラレルワールドでは、喜代美は引退しなかったのだろう。

 とここまでもまあ洒落で済ませていいようなものだが、2月28日の放送では、駅伝君こと 滝沢 がいつもイメージトレーニング? のためにイヤホンで聴いているものの中身が明らかになった。あかり が初めて聴かせてもらったのであるが、それがなんと、落語なのである。あかり はその意外さに驚く。工房でともに落語のテープを聴きながら心を通わせていた 正太郎 と少女時代の 喜代美 よろしく、滝沢 も落語でテンションを上げていたらしい。
 そしてその落語は、『ちりとてちん』で 徒然亭草原 役であった桂吉弥さんのもので、ネタは「せをーはやみっ」、そう、草原 の落語家復帰のきっかけとなったあの「崇徳院」である。
 ここで落語が出てくる必然性は全くなく、強引な出し方である。もう『ちりとてちん』との関連を意識させるために出したとしか思えない。この日のオープニングに、役名なしで「桂吉弥」というクレジットがあったので、また「お寺の人」(これは『ウェルかめ』への出演)みたいに特別出演するのか、と思ったのだが、そこに声だけ出るか。
 このシーンは、福岡の会社に所属が決まった 滝沢あかり に、一緒に来てほしい、とさりげなく水を向けるところでもある。崇徳院の歌に出てくる「滝川の」は一字違いの 滝沢 に引っかけてあると考えられ、彼の気持ちをこの歌が表現している、という暗示でもあろう。一旦は別れが決まったが、「会はむとぞ思ふ」、つまり、また一緒に暮らしたい、という 滝沢 の気持ちに、歌はぴったり合っている。こういう、ストーリーとの幾重にもわたるリンクのさせ方も、『ちりとてちん』っぽい。
 ここまでやるなら、いっそ 滝沢 に、
「知ってるか、この落語家。徒然亭草原や」
 とでも言わせてほしかったくらいだ。

 そういえば、今週は初音の、
「うちは下宿人同士のほれたはれたは、ご法度や。けど、出てったら、ご勝手に」
 という、草若の、
「内弟子期間中は、恋愛禁止やで」
 を思い出させるような科白もあった。

 こういう演出の真意はよく分からないが、『ちりとてちん』ファンにとって愉しいことは間違いない。
 ここまでほとんど正面切って描かれなかったヒロインの恋のエピソードが、やっと蠢動している。滝沢 と、あかり がかつて働いていたかつおぶし会社の社長 浜野 との間の鞘当てになっており、何かとタイミングの悪いぼんぼん社長である 浜野小草若 を彷彿とさせるし、本命は 滝沢 なのだろう。
 以前の記事でも述べたとおり 草々 の系譜をひくと思われる 滝沢 がヒロインの相手となるのは順当だし、予想どおり 冬美 も一時的ながら戻ってきて皆の恋心を刺激してくれたし、なかなかセオリーどおりに展開しているのは安心できる。
 今後にわたるそういう展開を暗示するために、視聴者に『ちりとてちん』をやたら思い出させようとしているのだろうか。もちろん、『ちりとてちん』を知らなかったら知らなかったで、ちゃんとスジの通る演出であるところも、スマートだ。

 わたしは、『てっぱん』、毎朝観ているし、嫌いではないのだが、これの登場人物たちは、なんで何かというと「秘密」にしようとするのだろうか。その点だけが解せない。どうせばれてしまうような、あるいは隠しておいてもあまり意味がないような、さらには大したことでもないような隠し事をやたらしたがるのである。観ていて歯がゆい。
 真知子 の病気を あかり に。 の正体など、あかり にとって大事なことなのに、なぜか隠そうとするし、当初は 隆円 には知らせておいて にも隠そうとした。初期には あかり初音 の関係を下宿人たちに、あかり の下宿先を に、あかり千春 の娘であることを 塩村 に、などなど。なんで隠すのか、よく分からない。
 そして今度の落語のことも、滝沢あかり に口止めしている。他の人には言えない秘密を あかり にだけ教えた、ということで 滝沢 の思いを示しているのだろうが、そんなに隠さねばならないほどのこととも思えず、よけいに「落語」の登場が唐突で、またそれが意図を感じさせる。

 なんにしても、残り一カ月、『ちりとてちん』視点からいっても目が離せない『てっぱん』である。

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