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2011年4月10日 (日)

Bye bye, Greene and Gold

 この3月は、長年放映されてきたドラマシリーズ二作品が最終回を迎えた。いずれもわたしが好んで観てきたものであり、複雑な感慨がある。

 二作品とは、『ER 緊急救命室』と『3年B組金八先生』の両シリーズである。この二つは通じ合うものがある。合衆国と日本、病院と学校という舞台の違いはあるが、他人の人生を一時的に預かって手助けする場、という意味では同じである。
 そして、最終回の迎え方について、共通するものがあった反面、違いも感じる。

(文章中、俳優名は冗長さを避けるため敬称略とします)

 『ER』は毎年制作され続け、第十五シーズンで終了となった。
 初期の頃は欠かさずに観ていたドラマなのだが、NHKでの放送時間が遅く、第九シーズンあたりでわたしの病気治療が始まると、就寝時間にかかってしまうこともあって、物理的に観られなくなった。ちょうどその頃に初期のレギュラーメンバーがだいたい降板してしまったこともあり、録画してまで観ようという気にはならなかった。自分自身病気なので、病気を扱うドラマが辛くなった、ということもある。ドラマの舞台も、病院だけではなく、アフリカに行ったりして初期のムードがちょっと変わってきていた。
 最終の第十五シーズンは、降板した初期のレギュラー陣が総出演で花を添えた。これがまたファンとしては嬉しい。
 最終回に近い回で、キャロル(ジュリアナ=マルグリース)とダグ(ジョージ=クルーニー)のカップルが登場した。キャロルはシアトルで臓器移植コーディネーターとして働いていて、ダグとともに、脳死した孫の臓器提供を躊躇う老女の説得にあたったりする。その孫の腎臓はシカゴに移送され、医者をしている患者に移植されることになるのだが、その「シカゴの医者」がカーター(ノア=ワイリー)であることなど、二人は知る由もない。それがまたいい。
 カーターが入院している病院には、偶然かつての師ベントン(エリク=ラ=サル)が勤めていて、手術を見守る、といった具合である。
 劇中死んでしまったグリーン(アンソニー=エドワーズ)とロマノ(ポール=マクリーン)は絡みようがないので、回想シーンでの登場となったが、回想とはいえ、新たに撮影したものであった。

 さて、最終回の二時間スペシャルは、第一シーズンの第一回、つまりパイロット版をセルフオマージュしたつくり(一日のドキュメンタリーという仕立て)になっていた。オープニングも初期のそれに似せてあったのである。
 カーターの他、スーザン(シェリー=ストリングフィールド)も登場、これでスタート時の主要キャストが全て揃ったことになる。そしてやはり初期から活躍して既に降板していたウィーバー(ローラ=イネス)とコーデイ(アレックス=キングストン)も、変わらず若々しい姿を見せてくれた。皆、この役を演じるのが最後であることを愉しんでいるように見うけた。
 看護師や事務職員も、初期から出演している顔ぶれが活躍するようになっていて、初めから観ていた者にとっては、画面に映る人々を見るだけで感動できた。
 さらに、終盤に登場したのが、初期の中心人物グリーンが遺した娘、レイチェルである。彼女は医学生としての研修を希望して病院を訪れたのである。義母であるコーデイはそれに付き添って来ていた。医学生時代にグリーンから医の心を学んだカーターが、レイチェルに、
「来なさい、ドクター・グリーン!」
 と声をかけたのは、ファンにとって大いなる歓喜の科白だ。
 以前から、『ER』の最終回最終シーンは、ストーリーの完結など意に介さず、患者を慌ただしく治療する「ERの日常」が描写されながらカメラが引いていって終わるのだろうな、と予測していたのだが、ほぼそのとおりの終わり方だったので、ちょっといい気分ではあったが、じきに十五年間のいろんなシーンが脳裏に甦ってきて、涙が出てきた。

 
 さて、『金八』の方は四時間十分にも及ぶファイナルである。こちらも、かつてのレギュラー総出演、という趣向は同じだ。
 こちらでは冒頭で金八(武田鉄矢)が息子・幸作(佐野泰臣)とケータイで話し、幸作が中学校の先生になっていること、次年度は3年の担任をもつ予定であることが語られる。ここでも次代への継承だ。
 『ER』と違うのは、いわゆる群像劇ではなく、主人公金八の強烈なキャラクターで引っ張るタイプのドラマであるため、三十二年もの歴史のなかで当然あったメンバーチェンジもさほど気にならずに観つづけられた、という点である。生徒にももちろん個性豊かなメンバーがいたわけだが、そもそも舞台が学校という宿命的に人が入れ替わっていくような場所であるため、生徒が卒業していくのも自然に受け止められる。
 わたしは、第1・第2シリーズは生徒に近い年齢だったから、そういう視点で観ていたのだが、自分が教師修行を始め、やがて実際教壇に立つようになっていくと、現実の教育現場と画面の虚構とがうまく折り合いがつかない気がして、そして単純に、家に帰ってまで教室風景を見たくない、という理由もあって、『金八』を含む学園ドラマを観なくなっていった。わたしは金八先生に憧れて教師を目指したわけではなく、それはもう少し下の世代からであるから、それなりの距離を保っていたのである。

 それが一変したのが第5シリーズであった。この時わたしは内地研究に派遣され、一時教壇を離れていた。だから安心? して観ることができたわけだが、この第5シリーズが、相当質の高い内容であったため、大いにのめり込んだのである。
 ファイナルにも多数かついろいろな時期の卒業生が登場したが、従ってわたしは第5シリーズの健次郎(風間俊介)が出ただけでも満足である。
 第1シリーズの(鶴見辰吾)・雪乃(杉田かおる)・(近藤真彦)も懐かしかったが、初期の『金八』を象徴するような生徒であった第2シリーズ(いわゆる「腐ったミカン」篇)の加藤優(直江喜一)が、単なる顔見せでなくストーリー上重要な「登場人物」として扱われたのも、嬉しい。それぞれ狭心症と盲腸でともに入院した金八加藤が安井病院(第5シリーズの卒業生の父が経営。卒業生自身も看護師として登場)でベッドを並べて語り合う構図は、『金八』ファンにはたまらないものがあったろう。

 ファイナルのストーリーも、どうしようもない問題児が転校してきて教師らが手を焼いてクラスでも浮いてしまう。が、金八が捨て身で向き合うことで、彼も心を開き、高校に合格してクラスにも迎え入れられる、という『金八』王道の展開である。
 それだけに、半年かけたシリーズでじっくり観たかった気もする。それを許さない事情もあったのだろうが。

 『ちりとてちん』でおなじみの加藤虎ノ介が理科教師の役で出演していたが、これが、今はかなり丸くなった先生(森田順平)の初期の頃を思わせる、厭味たっぷりの嫌われ者教師で、トラブルメーカーとなる。
 合理的な思考で金八と対立するが、最後は金八に少しだけ理解をみせる。そんなツンデレぶりも、四草のようだ。しかも、自分の作った模擬問題が高校入試に出題されるかどうか「賭けてました」と言う(笑)。それでも、破天荒でありながら、実験の後片付けをしない生徒の評価を下げるなど、本質をみてスジを通しているところは、前任? の遠藤先生(山崎銀之丞)にも、そしてもちろん四草にも通じる。

 圧巻は、卒業生らが企画した金八の「卒業式」における、出席点呼であろう。150人もの卒業生が桜中学の体育館に集結し、金八がその一人一人の名を呼ぶのだ。これだけでラスト四十分ほどを費やした。もちろんワンカット、CMなしである。各自本編出演時の映像付きだ。大サービスであるし、『金八』でなければできなかった演出だろう。
 特に第5シリーズの生徒はフルネームと顔が今でも一致するので、ほんとうに懐かしかった。
 それとこれは余得だが、時節柄番組の合間に流れるACのコマーシャル群は、このドラマのコンセプト、命と生きる力の尊さを訴える方向に、図らずもぴったり合っていたので、よかった。かつてのスペシャルで、金八が苦悩し生徒が傷つく深刻な展開の狭間に、武田鉄矢の「赤いきつねと緑のたぬき」の能天気なCMがやたら流れて興醒めだったことがあるので。

 ただ、終わっても涙は出てこなかった。なんとなく、これで終わりそうにないものを感じたのである。金八は現役中学校教師ではなくなったが、再就職先の話も出ていたし、今後も何らかのかたちで地域教育に関わっていきそうである。そういう話で続編もできようし、スピンオフ的に、「3年B組幸作先生」「養護学校乙女先生」「6年●組健次郎先生」などを軸に金八が絡んでいくのもあり得そうである。

 
 二つのドラマはそれぞれのカラーに応じた終わり方をしつつ、大まかには、大団円という世界共通のセオリーにも則っている。どちらも大いに余韻が胸のうちに響いているのだが、『ER』のきっぱりと二度となさそうな終わり方、『金八』の続編に含みを残した終わり方、なぜそういう印象になるのか、よく分からない。国柄の違いか、作風の違いか、またドラマ外から押し寄せる情報のいたずらか。ストーリーとしては、『金八』の方がきれいに終わっているのである。
 ちょっと考えているところだ。

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