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2011年4月22日 (金)

電話嫌い

 電話が嫌いな理由は、運動能力が劣っていることにある。
 声を出すということも筋肉を用いた運動であり、筋肉の機能が劣っていると、しゃべることも苦痛なのである。瞬発力がなく、力の制御もきかないから、ここ、というタイミングで話しはじめることができず、声の大きさ、声色などの表現もうまくできない。
 わたしを知っている人は、そんなことはないじゃないか、と言うかもしれない。が、それは誤解である。

 話しことばには、「対話」と「語り」とがある。「語り」は自分のペースで話すことができるから、事前に練習したり、パターンを身につけたりしておけば、何とか話せる。むしろ、自覚的に訓練してきたから、語りについては他人に比べてもうまくやれるかもしれない。『ちりとてちん』に言うところの、「不器用やから人一倍稽古する」というやつである。
 しかし、「対話」はだめである。相手と呼吸を合わせることが大切になってくるからである。言葉を発するべきタイミングは分かっても、そのタイミングに合わせて調音ができないのである。コンマ何秒かずれるだけでも、対話のリズムは崩れ、相手に不快な思いをさせることになる。

 それが電話となると、いよいよ深刻になる。表情も見えず、空気も共有せず、言葉そのものでしか相手の呼吸を測れないのだから、それに集中しようとすると、自分の言葉を発することが疎かになり、何をしているのか分からなくなってくる。電話は突然かかってくるからなおさらだ。話しはじめる前の心の用意ができていない。
 学生時代に、先輩などからかかってきた電話の途中、込み入ったことを訊かれたりすると、「ちょ、ちょっと待ってください」と言って呼吸を整えなければならなかったことが何度かある。急に的確で適切な内容と構造の文を組み立てることができない。

 そこへいくと、現在はWebとケータイの時代になったので、わたしにとっては暮らしやすくなった。
 可能なかぎり電話はかけないし、取らない。メールで用が足ることはメールにする。わたしに何度電話しても留守番電話になっていて苛々し、やむなくメールを送ってみると、わたしからたちどころに返信が来た、という経験をした周囲の人は多いと思う。申し訳ないが、そういう人は次からメールで連絡してくれることになる。

 ところが、世の中には逆に、しゃべることはできるのに文章を書くことが苦手、という人がいる。そういう人は、いかにわたしが居留守電話を使おうが、負けずに電話をかけて来る。気づまりだが、そこはよくしたもので、今はケータイにかかって来ることがほとんどである。
 ケータイは声が伝わるのにタイムラグがあることが多い。だから、わたしがタイミングを外したしゃべり方をしていても、ケータイのせいだと思ってもらえるのである。
 そして、たまにひまわり隊のイベントでサッコさんとケータイで話したりするのは、手放しで嬉しい気分になったりするのであるから、われながら勝手なものだ。

 かくして、家の固定電話は、ほとんどインターネットのためにしか存在していない。

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