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2011年6月の記事

2011年6月29日 (水)

桜通線延伸

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2011年6月26日 (日)

『日本語は論理的である』のみごとさ

 本来こういう本は日本語学者が書かないといけないと思うのだが、反面、これは日本語学研究史を外側から冷静かつ公平にみつめてこそできる考察でもあろうから、やはり他領域の研究者にしか書けないのかな、と思う。
 【送料無料】日本語は論理的である (左リンクは、「楽天ブックス」の該当書ページにつながっています。購入もできます)を著した月本洋氏は、人工知能を専門に研究する工学博士である。

 えてして、他領域の研究者による日本語学の論述というのは、日本語以前にことばというものの基本をはずしていたり、日本語学界でも主流派でこそないものの何十年も前から主張されているようなことを、そうとは知らずに、さも大発見のように誇らしく(つまり、日本語の専門家がなんでこんなことに気づかないのか、という厭味を込めて)述べてみたり、というどうしようもないものが少なくない。
 しかし、この本は違う。考察が深く鋭く、先学もよく調べ踏まえられ、それでいて独自の視点をしっかりともって書かれている。他領域の研究者であることが、先入観を捨象するというかたちでいい方に作用している。わたしも勉強になった。

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2011年6月23日 (木)

復活初日の「日本海」

当記事は、震災直後3月18~19日の乗車を元に記しています。現在の諸状況はこれとは異なります。また、運賃・ダイヤなどについては各社局の公式サイト(JRおでかけネットJR東日本JR北海道 など)をご覧ください。

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2011年6月21日 (火)

今月別れるものいろいろ

 今月、卯の年の水無月というのが、そういう月なのかどうかよく分からないのだが、こうしてWeb上で何やかややっているわたしにとって、いろいろなものと別れなければならない星回りになっている。
 秒進分歩のコンピュータの世界だから、次々変わっていくのは分かるけれど、こんなに今月に集中しなくてもよさそうなものだ。

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2011年6月18日 (土)

九州新幹線全通

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2011年6月15日 (水)

『JIN ~仁~』完結編と関連商品

 以前の記事にも書いた『JIN ~仁~』は、続篇となる完結編の放映が、キー局では大詰めである。わたしの所は地方なので一週おくれで観ている(だから最新回の内容はまだ教えないでほしい。以下も、第8回までが放映済みという前提で書いていく。※平成23年7月追記:最終回までを観ての私的解題は、こちらの記事が、相変わらず面白い。

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2011年6月12日 (日)

ウェスティンホテル仙台 お勧め 1

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2011年6月 9日 (木)

変質する「女の歌」

 変質と言っても、わたしのなかで歌詞の解釈が多様性をおびてきた、というだけなのだが、なにかそういうふうな聴き方しかできなくなっている。

 阪神淡路大震災の後に、前川清さんの「そして神戸」というヒット曲の、歌詞の意味が変わってしまった。元々は悲恋の歌だったのが、地震被災者の歌になってしまったのだ。それで、その年末の『紅白歌合戦』では、被災者を励ます意図で歌われた。
 歌詞というのは、比喩的・象徴的な表現がとられているため、何とでも解釈できてしまうのである。

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2011年6月 6日 (月)

『おひさま』で出会う大石先生

(文章の冗長さを避けるため、役者・スタッフ等の氏名は、敬称を略しています)

 今季の朝ドラ『おひさま』のヒロイン須藤陽子(井上真央)は、亡き母や、家の事情で学業を諦めねばならなかった小学校時代の親友の夢を引き継ぎ、小学校の教師になった。

 時代は昭和戦前であるが、こういう時代の女教師を描くとなると、どうしても『二十四の瞳』を準拠枠にせざるを得ないのだろうな、と思う。
 教師の教育スタイルにそれほどバリエーションの生まれようがない時代だから、GTOも女王の教室も成立しないのだ。昭和初期ごろまではいろいろな試みがなされてきた(まあ、都市部の話だろうが)ようだが、次第に一つの方向にまとめられていく。

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2011年6月 3日 (金)

間に生きる

 極端にはしるのは、自分もしんどいし、傍迷惑にもなりかねない。
 だから、わたしは間(あわい)を好む。どっちつかず、中途半端との誹りを受けかねないが、うまくすれば両方のいいところを取って止揚できる。

 どういう間か、具体例はいくらもある。内省すると、「間」はわたしの生き方そのものと言ってもいいくらいだ。

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