« 文系も楽しい『物理で広がる鉄道の魅力』 | トップページ | 紀勢本線一周 »

2011年8月11日 (木)

送り火のこころ

 五山の送り火で、陸前高田の松を燃やす、という話が二転三転して、どうも京都側が批判の対象になるような論調が趨勢のようである。
 しかし、わたしはどうもそんな言い方をする気にならない。この話、根本がよく分からないのである。注意したいのは、京都側が放射能を理由に一旦決まっていた話をとりやめにすると決めた時点から、この件が報道されるようになった、という点である。それまでは、多くの人が、こんな話があることを知らなかったのではないか。だいたい、岩手の犠牲者への思いを、遠く離れた京都で天に放とうということにどういう意味があるのか、というところだ。
 いったい、そもそもどこからこんな話になったのであろうか。 

 いくつかのニュース記事に発端が書いてある。大分の美術家が中心となって呼びかけて、プロジェクトとして進んでいたらしいのである。
 わたしはいよいよ分からない。岩手の松を京都で燃やす話が大分から出る。きわめて不自然であり、単純に、ええ話や、と得心できない。別に、ウラがあるとかそんな詮索をするつもりはない。ただ不自然なのだ。
 想像するに、京都側、特に当の保存会にしてみれば、唐突な話であり、最初から戸惑いやら躊躇いやらが大きかったのではないか。

 五山の送り火は、すっかり京都の夏の風物詩として定着しており、観光客が詰めかけるようになった。が、その起源はと辿ると、どうもはっきりしないようで、諸説あるのである。
 迎え火や送り火という習慣は、わが国では各地にあり、珍しいものではない。盆に帰って来た死者の霊に敬意を表しての火である。その地・その家に帰って来た霊を対象としているのだろう。
 それを大規模にやっていて歴史もあるから、そして京都という土地柄によく合っているから、ということで観光行事になるのだろうが、風俗としてみれば、凡百の送り火と意義は変わらない。
 あくまで、京都の送り火は京都に帰って来た霊を盆の終わりに送り出すもの、と考えるのが自然である。京都は大都市であり長い歴史もあり、寺社仏閣も多くて霊が訪れる土壌が整っている。だから大規模になるに過ぎない。何も、あれが日本を代表して日本全国の霊を送るという位置づけのものではない。日本一有名な送り火だというだけである。観光行事として注目されすぎて、そのへんが曖昧になったとしたら、不幸なことである。

 なぜ陸前高田の霊を、わざわざ京都で送らねばならないのか。
 京都側はそういう蟠りをもったまま話に応じたと思う。最初に断ればよかったのだろうが、そうはできなかった。その理由は二つある。
 一つは、文化的・歴史的な由来がはっきりしない行事であるため、それは趣旨が違うとして断る理由に、説得力あるものが見いだせせなかったこと。宗教的根拠があれば、教義なり何なりを示してはっきり線引きすることが可能だったろう。
 もう一つは、こちらの方が大きいと思うが、今の日本で国を挙げて復興に取り組んでいる震災に絡む話であり、被災者の心情を持ち出されると、それは受けるしかない、ということ。断ったら断ったでそこの時点で報道が出ていて、やはり批判されたであろう。
 京都側には最初から釈然としない思いがあったと想像されるのである。従ってあまり積極的にはなれなかったろうし、十分な理由づけがあれば中止しよう、という気持ちは潜在的にあったろう。

 そこへ京都側にとっては都合よく出てきたのが、市民からの苦情である。市民が抵抗を感じているから、という世論を盾にすれば、中止してもさほど批判はない、と思ったのだろう。
 この辺には「京の茶漬け」の文化を感じなくはないが、ともあれ、ここで大きく報道されてしまったのである。当然、話のそもそもについては、テレビなどではあまり触れられることはない。
 わたしは、こんなのは京都の排他性でも、まして風評被害の助長でもなんでもなくて、スジの違うことが正されただけだと思っているが、国民がなにかと敏感になっている放射能の問題が理由となってしまったのは、残念なことであった。これでは被災者のデリケートな心情を刺すことになってしまう。

 その後、問題の薪は、現地陸前高田で迎え火として燃やされることになり、その作業を京都から出張した保存会が手伝ったという。
 わたしは、期せずしてすこぶるあたりまえの形態に到達した、と思う。いわば社会の自浄作用であろう。陸前高田で亡くなった人の霊は、陸前高田で迎え慰めるのが当然である。今年の盆、特別な盆を迎えて、陸前高田でこれまでやっていなかった迎え火を催す趣旨ならよく分かるし、それをノウハウをもっている京都の人が指導と援助のために訪れるのも、ごく自然だ。ただ、京都側ができる、そしてやるべきボランティアはここまでであろう。
 いくらかの薪を持ち帰って京都でも焚くことになったようだが、これだけ話題になって陸前高田との縁ができたのだから、それも悪くはないだろう。
 ただ、送り火は、何度も書くように、そこの土地に帰って来た霊が黄泉の国に帰っていくのを見送るための火である。願い事を書いた薪を燃やすのは、むしろ神社でお札や絵馬を「お焚き上げ」するのに近い。全く異質のものであり、一緒にしてはいけない。それにはそれでふさわしい場面があるはずである。

 だからわたしは、このすったもんだの主因は、無理のあるこの企画自体にこそあった、と考えている。
 ものごとの意味合いや由来を深く考えず、有名な送り火で送れば霊も慰められ地元の人も喜ぶだろう、という短絡的な思いつきで企画されたのだとしたら、その方が犠牲者を軽んじているのではなかろうか。もちろん、企画した側もよかれと思ってのことだというのは分かる。ただいささか浅慮に過ぎた気がする。スジを通したかたちで企画が進んでいれば、被災者の思いが宙に浮いてしまうような経緯にはならなかったと思うと、残念でならない。
 京都側もなりゆきに翻弄されてしまい、非というか手落ちが全くなかったとは言えないにしても、少なくとも被災地への悪意などがあったわけではない。こぞって京都側を非難するようなことでもないように思う。
 

 人の思惑を超えて、全ての御霊の安からんことを祈りつつ、当ブログもお盆休みに入ります。

Check

|

« 文系も楽しい『物理で広がる鉄道の魅力』 | トップページ | 紀勢本線一周 »

8.0時事・ニュース」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/129332/52449561

この記事へのトラックバック一覧です: 送り火のこころ:

« 文系も楽しい『物理で広がる鉄道の魅力』 | トップページ | 紀勢本線一周 »