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2011年8月 9日 (火)

文系も楽しい『物理で広がる鉄道の魅力』

 鉄道好きの人は多いが、物理好きは少ない。特に若い世代で、高校の科目履修や大学入試で必ずしも物理を選択する必要がない、ということもあり、小難しそうな物理が敬遠されるようである。
 やはり物理畑の人は、これをなんとかしたい、と考えるのだろう。この『物理で広がる鉄道の魅力』という本の著者である半田利弘氏は、広くは物理学、狭くは天文学が専門の学者である。

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 半田氏の生年はカバー裏の著者紹介の文章にも書かれていない。
 そして、論考的記述については、「文段の最初の段落に限っては書き出しを一字下げしない」ことが貫かれている。これは最初わたしは校正ミスかと思ったのだが、全ての文段がそうなっている。そしてそれは、カバー裏の文章や、コラム部分にまで徹底している。 これらのこだわり具合から、半田氏の人となりを窺うことはできそうである。
 もっとも、著者紹介的文章には 5歳のときに東京駅で開業前の新幹線見学を経験した とあるし、大学院修了の年は書いてあるから、大体の歳は見当がつく。また、「まえがき」などの論考的でない文章については、最初の段落も通常どおり一字下げしてある。
 自分に課したルールは守りとおすけれど、方円の器に従う柔軟さももちあわせている。わたしにとっては敬愛の対象となるような人物像である。頑固ではあるが、頑迷ではないのだ。

 はたまた、件の著者紹介的文章には、すべての現象は物理学で説明できるべきだと考える“物理学万能主義者”。ともある。そういう考え方をそういう名で呼ぶのは適当でない気がするが、恐らく半田氏は、むしろ物理学者としての責任と矜恃から、この考え方を標榜しているのではないか。そして、物理学の限界もまた、誰よりも自覚しているのではないか。わたしにはそう思える。
 確かに、人の感情、心の病み、 生きることの意味、持って生まれた運命、…、そういった比較的形而上的なことだって、微細に観察し分析すれば、物理学的記述はできるはずである(例えば、神経がどうの、伝達物質がどうの、遺伝子がどうの、というかたちで)。ただしこれで、それらの何を捉え解明したことになるか、という意義の多寡は、別問題なのである。抽象度の縮尺を上げて捉えねば何も見たことにならない分野は、数多い。

 
 さて、同書の内容だが、まさに物理学万能主義を旗と掲げて、鉄道趣味に堂々斬り込んでいくというものである。鉄道の全てを物理学で説明しようとし、また成功している。
 もちろん、鉄道というのが、一から十まで人間の拵えたものである以上、これほど物理学で説明しつくすのに適した題材はない。しかしながら、従来の鉄道趣味の本は、紀行文章などの文学的アプローチ、鉄道地理学などの社会学的アプローチが主であり、切符のうまい買い方などソフト面の切り口はあっても、ハード面に徹した一般向けの書はあまりなかった。
 要するに、物理学的アプローチの鉄道本は必然的に専門書が中心であり、分野別に独立して刊行されていた。
 それを、この本は、鉄道文化の全てを横断的に扱い、柔らかな文章で解説していくのである。

 章題は、例えば 空気を読んで使え--空気ブレーキ とか 曲がったことは大嫌い--鉄道線路の曲線 とか、門外漢にもとっつきやすいものになっている。本文も然りである。
 そして、物理学的説明を施す対象は、鉄道のあらゆる面にわたっている。蒸気機関やディーゼルエンジンが車輌を動かすしくみを説く熱機関学、電車のモーターについての電力工学、線路の敷き方が土木工学、信号や自動改札は制御工学、果ては食堂車の電磁調理まで、いずれも易しい数式と図解で丁寧に説明されている。といっても、わたしなどはとても完全に理解できないのだが、不思議と抵抗がない。

 当然にして皮肉なのは、半田氏の専門である天文学が扱われていないことだが、これは如何ともしがたい。
 ともあれ、これだけ多岐にわたっていると、これ一冊で高校物理のテキストになるのではないか、と思うほどだ。所属校にも、専門領域である工学の横断的な入門授業として、「ものづくり科学」なる科目があるが、これなどにも使えそうだ。鉄道というものがシステムとして回っていくしくみを多面的に説くだけでも、工学概論として成り立つだろう。

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