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2011年8月31日 (水)

チャイムと同時に「授業」を始める 下

「チャイムと同時に「授業」を始める 上」 からつづく)

 所属校でも、チャイムからチャイムまで授業する教員というのが、特定の教科においてみられる。本来はおかしいと思うのだが、実はこれにはわたしは同情的だ。

 重要科目と目されていて学校側からの期待も大きく、進度と教科内容に関する要請が相当に厳しい教科なのだ。分秒を惜しみ余裕を切り捨てて授業しないと、あるべき授業過程が満たせない事情は、よく分かる。
 ならばなおのこと、わたしのようなそれほどシビアでない教科の授業は、ゆとりを多くもち、学生の休憩時間を最大限確保しよう。でないと、学生がもたない。

 
 大学の授業において、開始時刻と同時に授業を始めるべきだ、と考える教員もいる。教育哲学者で元千葉大学教育学部教授の宇佐美寛氏は、在任中そのようにしていたという。

 私はたいていは五分前、遅くとも三分前、つまり一〇時二七分には教室に入る。(中略)
 「一〇時三〇分に始める」と定めて、学生に「学生手帳」でそう知らせてある。これは約束である。教師が約束を破ってはいけない。
 学生は、約束を信じて一〇時三〇分以前に教室に入るのが当然である。この当然の行為をしている学生を裏切ってはならない。
(中略) まじめに時刻を守る学生より、たかをくくる学生の方が利口だという事態を教師が作ってはいけない。
 
(中略)
 また、教師自らが遅れると、いつからが遅刻なのかが不明になる。何時何分までに来ればいいのかの感覚が鈍くなる。遅刻する学生がだらだらと続くことになる。授業の雰囲気は最初からたるむ。私語を初めとして、様ざまなたるみの現象が出てくる。

(『大学の授業』宇佐美寛 1999 東信堂 13~14頁)

 これはこれで筋が通っていると言えよう。ただしこれは、学級とかホームルームとかいうものがなく、授業の教室に学生が三々五々集まる、しかもチャイムが鳴らない、大学という場での授業の話である。学習者の生活の場であるホームルームに教師の方が入っていく小中高にはあてはまらない。
 それに、宇佐美氏も決して、「授業時間内いっぱいいっぱい授業するべきだ」という考えからこうしていたのではない。

 私は授業の開始時刻は「一〇時三〇分」を厳守するが、終りはたいてい一二時よりも多少早い。授業の終りに「質問や意見のある人は?」と呼びかけるが、発言がなければそこで終る。また、授業内容のきりが良ければ、そこで授業を終える。(中略) さらにまた、その時間で扱った中身が重要・難解であった場合、「今日の中身は濃かったから、私も君たちも疲れている。これ以上続けると頭が中毒する」と言って早目にやめる。(中略)
 
授業は機械的な単純労働ではない。機械的に九〇分を満たそうとするのは間違いである。早目に終って学生に課題を残した方がいいこともある。

(前掲『大学の授業』17~18頁 太字の「きり」は原文では傍点)

 わたしもこれには全面的に賛成である。逆に、小中高ではあまり早く終わるわけにはいかない事情があるであろうことは理解できる。が、考え方としては、これが正論である。

 
 さて、小学校に相当する学校教育について、現代よりもずっと時間に厳格であったはずの時代があった。そう、太平洋戦争の時期、「国民学校」と呼ばれていた時代だ。規律だった団体行動をとる軍隊での生活の訓練という意味合いも、学校教育に担わされていた。そんな時期である。
 連続テレビ小説『おひさま』では、ヒロインが一時期まさに国民学校の教員を務めていたので、その学校風景が多分に描かれていた。しかし、冒頭に述べたような授業開始のタイミングに関する習慣は、現在の通念と変わりないのである。
 つまり劇中、校長が授業開始の振鈴を鳴らした後に、ヒロインら教師が出席簿や教科書を揃えて席を立ち、教室に向かうさまが描写されていた。それがごく自然なのである。

 そんなのは虚構だろう、と言うなら、実地の例もある。同じ時代、旧制中学の教練の時間である。

 まず運動場に二列横隊に並ぶ。最右翼に立った級長が「右へならえ!」と号令する。私たちは左手を腰に当て顔を右に向けて隊伍を整え、配属将校が現れるのを待つ。
 配属将校が姿を見せると、「気をつけ!」の号令がかかる。
(中略)
 全員の敬礼が揃うと、配属将校は挙手の答礼をしながら隊列を見渡し、「休め!」と言う。
(中略)
 つぎに配属将校から精神訓話や今日の課目の説明がある。
(後略)

(『増補版 時刻表昭和史』宮脇俊三 1997 角川書店 91頁)

 授業開始時刻になってから生徒は整列の作業をし、配属将校はそれが済んだ頃を見計らって校庭に姿を見せるのだ。号令に従って「敬礼」するのはその後であり、授業の本題である「精神訓話」や「課目の説明」が始まるのはさらにその後である。わたしが受けてきた体育の授業などもこんな感じだったと思う。
 また、同じ旧制中学の野外演習の様子である。

 午前六時に起床ラッパが鳴る。(中略)
 これが吹かれるまでは絶対に起きてはならぬ代りに、ラッパが鳴ったら一瞬たりとも寝ていてはならない。ガバとはね起きて大急ぎで毛布をたたみ、服を着てゲートルを巻き、洗面所でひしめき合いながら顔を洗い、表に整列する。整列競争なのである。
(中略)
 組ごとに整列が終ると、級長が「何年何組全員集合!」と先を争って配属将校に報告する。一番になった組は得意であり、ビリの組はしょんぼりした。
(中略) ラッパが鳴ってから全員の整列が終るまで五分はかからなかったと思う。

(前掲『増補版 時刻表昭和史』 94~95頁)

 かなり実際の軍隊生活に近い設定での訓練であろう。そうであっても、「起床ラッパ」を鳴らすのは、整列完了の定刻ではなく、身支度を始める時刻なのである。

 ラッパなりチャイムなりという合図は、何かをやり終えるのではなく、やり始める合図である方が、行動が揃いやすく集団の規律は整いやすい。こういう経験的な智恵もあって、そうなっているのではなかろうか。
 授業に必要な準備は、チャイムから逆算して自主的に整えておくべきだ、という考えもあるだろうが、準備の内容や所要時間は、教科によっても異なるし、同じ教科でもその日のなかみによって異なる。そのような煩雑なことを、開始の合図もなく、ある時刻までに完了せよ、というのは、学習者たる子どもたちには酷ではなかろうか。いや、子どもたちだけではない。
 所属校の定期試験の監督においては、試験開始のチャイムと同時に学生が解答を始める、のではなく、チャイムは問題プリント等を配布しはじめる時刻ということになっている。プリントの枚数もサイズも問題形式もまちまちな(しかも、どのような試験であるかは、試験監督にも直前まで知らされない)各教科の試験について、チャイムまでに全ての準備を整えることを前提とした規程にするのは無理だ、という結論に達したからである(このルールを決めた時、わたしは教務の担当だったので、そういう議論に参加していた)。
 入試の場合はもちろん、試験監督が入室する時刻、問題を配布しはじめる時刻、解答を開始させる時刻がいちいち決められていて、いちいちチャイムが鳴る。逆に言えば、それくらいの態勢をとらないと、厳密に時間を守れない、ということでもある。入試はお客さんをお迎えして行うよそいきの行事だからこうしているが、授業は日常であり、そこまではやっていられない。

 
 「チャイムと同時に授業を始めるべきだ」という考え方には、授業には物心両面での準備が必要である、そしてその準備自体も指導の対象である、という視点の欠如ないし軽視があるように思えてならない。外面的な形式としての「授業」を時間どおりに行ってみても、教育的意義は少ない。
 学校が集団生活の場である以上、けじめが必要であることは当然である。が、それは社会通念に沿った程度のもので十分である。予備校や軍隊よりも厳格な時間の規律を今さら学習者に強いることに、わたしはどうもついていけない。 

(了)

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