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2011年9月 6日 (火)

何もないから一乗谷

 「交通広告グランプリ2011」において、福井市による一乗谷の広告が最高賞を受賞したとのことである。

 このところ、一乗谷は何かと話題になっている。CMしかり、大河ドラマしかりである。そこに今回のグランプリで一つ箔が加わった感じなのだが、これにはちゃんと必然性があったようである。

 交通広告というのは、よく駅の階段や通路などに貼ってあるポスターを思い浮かべていただくといい。ああいう、交通機関の利用客にアピールする広告に賞を与えるものである。そして、同グランプリで、地方自治体が最高賞を受賞したのは、初めてのことだそうだ。

 一乗谷のキャッチフレーズとして、

京都にはない。
金沢にもない。
あまりに何もない。
だから面白い。

 というのを見た記憶のある人もいるだろう。何もないことを売り物にする逆転の発想がよい。
 たしかに、福井は京都と金沢の谷間に置き忘れられたような存在である。県都の福井にしても、それほどの大都会ではない。一時期、福井には「京金族(きょうきんぞく)」という言葉があった。こだわりの専門的な物、お洒落な物を求める若い世代は、京都か金沢に出かけてしまい、地元で消費してくれない。それを揶揄した言葉である。現在は通販も発達したし、福井にも郊外型の大規模小売店が各地にできたので、わざわざ他府県に出かける必要はなくなったが、現在も、文化面でも経済面でも、京都や金沢に従属する土地であることは、地元民の意識を含めて、否めないだろう。
 そして、京都にも金沢にもない、福井にしかないのは何か、と考えたとき、それは「何もない」ことだ、という結論に達する。

 しかし、何もないことは、「欠落」ではない。無限の想像力を刺戟する、可能性の土台としての「何もなさ」なのである。
 わたしも一乗谷には二度足を運んだことがある。訪れた人が誰でも驚くのは、このように山に挟まれた狭隘な土地に、都が存在したことである。当時としては日本有数の大都市だったはずである。
 ただ、細長い盆地の真ん中を川が流れていて、その両側に町並みが続く。これは、当時の生活、統治、それに防衛戦略をも考えると、かなり合理的なのではないか。そのような理想郷も、信長によって灰塵に帰し、幻の都と成り果てるのである。北之庄城を中心とする平野部に都市機能は移って行き、ついにこの地に都が再建されることはなかった。
 だから、焼かれたままの遺構が今に残されている。一部建物が復元もされているが、それは俗化して観光客におもねる観光地によくあるような、わざとらしい復元ではない。観光地によくある種々の施設もない。訪れた人が、現代のあれこれに惑わされることなく、往時の人々の暮らしを自由に想像することを許してくれるのである。これこそが、京都にも金沢にもない魅力である。

 この「何もなさ」は、震災の後、更地になった被災地に通じる。悲惨な被害を受けはしたが、これからいかようにも復興していくことができる。人々は自在な夢をそこに描くことができる。一乗谷も、壊滅以来数百年、「復興」をじっと待っていたのかもしれない。物質的なそれではなく、心の復興を。それにやっと着手できたのかもしれない。

 さて、ここからが「必然性」の種明かしであるが、この広告を仕掛けたのは、クリエイティブディレクターの佐々木宏氏である。
 佐々木氏は、通常は企業の広告を作っているのであるが、福井市のあまり金をかけることのできない仕事にあたり、「何もなさ」に着目したのが炯眼だったわけである。
 佐々木氏が手がけた企業の広告で、なじみ深いのが、ソフトバンクのCMである。もうお分かりであろう。あの「犬のお父さん」の出身地を一乗谷に設定したのは、佐々木氏なのである。氏が一乗谷の魅力に惚れ込んでくださったおかげで、一乗谷の名は広範かつ頻繁にコールされることになった。

 福井の人間としては感謝の気持ちを禁じ得ないし、これからの戦略にも期待するところである。

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