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2012年8月27日 (月)

遠近両用という選択

 これまで使っていた眼鏡が合わなくなってきた気がするので、眼鏡屋へ出かけた。近視の度が進んだことは間違いないが、それ以上に、近くの小さい字が読めなくなっていた。
 同年齢の友人や知り合いには、この症状はもう数年前から出ていたし、年齢からいっても出てきて不思議ではないわけだが、いざそうなると、自分で認めるのに勇気がいる。

 それでともかく検査をしてもらうことにしたのだが。

 やはり、遠近両用眼鏡を勧められた。もっとも、まだそれほど進行しているわけではないので、今回は近視用で作ってもいいのでは、とも言われた。ただ、自分では遠近両用になるのを半ば覚悟して行ったから、それを希望した。
 二週間ほどで眼鏡ができて、慣れるために前の眼鏡と併用しはじめた。
 眼鏡屋の店員さんが、受付から眼鏡の受け渡しに至るまで、わたしの前で一度も「老眼」という言葉を使わなかったのは、見事であった。

 学生時代、近眼の眼鏡を初めて作りに行ったとき、隣のブースに来ていたのが、初めて老眼鏡を作ろうとするおじさんだった。自分が「老眼」であることを最初に認めるのは、なかなか精神的な負担が大きい。そこを見越して、店員さんは「お手元用」という言葉を頻りに使っていた。
 なるほど柔らかい言い換えだな、と感心したものである。わたし自身の浪人が決まった時、予備校に問い合わせの電話をかけてみると、相手が、
「高校はお済みですか」
 と問うたことを思い出した。やはりその段階で「浪人」という言葉は使われなかった。

 さて、眼鏡に戻る。
 しかし、一枚のレンズ、それも近眼専用と変わらない大きさのレンズの中に凹レンズと凸レンズとが併存しているわけである。昔の眼鏡のように、遠視用レンズがぱちんと剥がれて上がったり、レンズの中に境目の線が入っていたりするわけではない。
 が、だからこそ、焦点が合わせにくいのである。凹レンズ部分と凸レンズ部分は、面積が従来の半分ずつ、しかも、両部分の間にはどっちつかずの移行部分があるわけで、そこに視線を透しても、当然ピントは合わない。遠くも近くも、焦点が合うエリアが非常に狭いのである。そのスポットから上下左右ちょっとでも視線が外れると、もうぼやけてよく見えない。そして、凹と凸が視野の中で絶えず入れ替わるため、周囲が歪んだり波うって見える。そんな視界が続くと、目が疲れて頭痛がする。
 焦点が合ったときはよく見えるから、度が合ってないわけではないと思う。店員さんも言っていたが、慣れるまでにかなりトレーニングが必要だ、と悟った。

 それからもう二カ月以上経って、少しは慣れてきた。手元の見やすさから、もうこの眼鏡が手離せなくなり、前の眼鏡はすっかりお蔵入りとなった。
 ただ、凹レンズを使うときは上目遣い、凸レンズを使うときは下へ眼球を動かす、ということだと、いろいろなしぐさが制限される。自然な振る舞いにしようと努力しているが、なかなか難しい。前の眼鏡と類似したデザインの枠にしたから、眼鏡を替えたことに気づく人は少ないけれど。
 いちばん大変なのは、授業である。凹レンズを使えば最後列の席までよく見えるのだが、そのためにはわざわざ顏を下げ気味にしなければならない。教壇などという物の存在が邪魔である。最前列ならいいか、というと、最前列だって学生の机の上となると、凹レンズで見なければならない距離になる。だから、前の席の方が見にくい。いちいち見たいところに顔を向けないといけなく、横目ではだめである。常に教室全体を見わたして授業をする、という基本が難しくなるのである。
 教壇を廃止する学校が増えているが、案外老眼の出てきた年輩の教員に配慮したものだったりするのかもしれない。
 それと、困るのがパソコンを使うときである。パソコンの画面と目の間の距離というのが、ちょうど遠近の中間くらいで、非常にピントが合いにくい。そういうときは眼鏡を外したりする。

 上手な使い方をこれからも追求しなければならないだろう。

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