« 外来語と誤解された言葉 | トップページ | カツカレー選集(15)~ アルタ »

2012年9月20日 (木)

昭和五十年台後半頃の神戸市バスなど

(当記事は、鉄道趣味ブログ『まるよし電車区』に移転しました)

|

« 外来語と誤解された言葉 | トップページ | カツカレー選集(15)~ アルタ »

3.3.8.8   地域の路線バス」カテゴリの記事

コメント

 はじめまして、神戸市バスで検索していて辿り着きました。私もこの頃、中学生時代から市バスを始めバスの撮影を始めていますので、ほぼ同世代の方かとお見受け致します。nk 写真をありがとうございます。各方面に亘っての解説、「あ~そうそう、そうだった」と回想しています。一番上の右の写真、936号は始めての「黄緑色」の車で垂水では同期で937号がいました。深緑色の市バスばかりの中に現れた黄緑色の市バスは強烈な印象が残っています。ただ、現在のワンステ用の黄緑色と少々色合いが異なっていたと思います(今の方が青みが勝っている)。玉津の車が系統幕を使用していないのは(撤去改造含む)系統番号よりも行き先そのものが重視されていたからという話を聞いた覚えがあります。玉津管内、同じ系統番号でも末端の行き先が沢山枝分かれしていましたからね。当初の15系統の後乗り専用車は市街地車庫からきた「三菱ふそう」では無かったですか?

(元投稿日時 2012年10月19日 (金) 15時00分)

投稿: 播磨観光タクシー | 2013年6月 1日 (土) 21時20分

●播磨観光タクシーさん

 多分、はじめましてではないと思います。わたしは以前、かもねぎさんの所のBBSに「なかよし」のハンドルで投稿していた者です。そこで何度かお話させていただいたことがあります。

 写真ではローングリーンなのかライトグリーン(市電カラー)なのか、よく分かりませんね。確かに市バスのイメージがぐっと明るくなりました。このごろのノンステップ車の黄緑は、軽すぎてどうかなと思います。

 玉津で系統番号が重要でなかったのは分かりますが、系統幕を省略したぶん方向幕が大きくなったわけでもなく、どうも当時釈然としませんでした。

 15系統にふそう車が入っていた時期もありましたが、書きなぐったような「後乗り」札を付けていたのは日野車だったと思います。

(元投稿日時 2012年10月19日 (金) 18時15分)

投稿: まるよし | 2013年6月 1日 (土) 21時21分

まるよし様

お返事ありがとうございます。そうでしたか。これは失礼致しました。

先の投稿、アドレス未記入でした。すみません。書き殴った「後乗り」看板、確かにいました。私は最初の15系統の専用車に日野が入っていたのは知りませんでした。

ご教示ありがとうございました。

尚、別途メールさせて頂きましたので宜しくお願い致します。

(元投稿日時 2012年10月19日 (金) 18時44分)

投稿: 播磨観光タクシー | 2013年6月 1日 (土) 21時22分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/129332/57504437

この記事へのトラックバック一覧です: 昭和五十年台後半頃の神戸市バスなど:

« 外来語と誤解された言葉 | トップページ | カツカレー選集(15)~ アルタ »