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2012年12月15日 (土)

シニアミーティング 2012

 彼らにとってわたしの家での呑み会は青春を幻燈のように甘みのある暖色で映し出すものらしい。現役学生であった頃からの習慣である。単なる想い出ではなく、ここに坐ると青春そのもののなかに歩み入ることが今でも可能なのであろう。

 秋になってすぐ、わたしのケータイに連絡があった。ひさしぶりにわたしを交えて呑みたい、と。なぜ今頃、とちょっと不審を覚えたのだが。

 彼らは、わたしの怪我やら何やらに、ずいぶん遠慮してくれていたようなのだ。前回のミーティングが、わたしがまだ指にガーゼを当てていた時であり、アルコールもまだ呑めなかった。就寝時間も指定されていたので、夜通しの語り合いも不可能だった。
 それは彼らにとっては生殺しのような仕打ちだったのだろう。23時やそこらで終わるくらいなら呑み会なんてしなくてもよい、というくらいに思っていたようだ。
 それを、このブログなどで、わたしの体調が万全に近いところまで戻った、と知り、盆でも正月でもないのに、各地から四人が集まってくれることになったのである。前回は民主党政権誕生の頃にミーティングをした。今回はこんな時期である。宇都宮、富山、茨城県の鹿嶋、それに地元の卒業生たちである。

 しかし、いくらでも呑む機会のありそうな彼らが、そうまでしてわたしの許に集まるのはなぜか。それは、学生時代にしていたような、気の狂ったような会話が、ここでしかできないからである。職場や地域や家庭(持っている者とそうでない者がいるが)で口に出そうものなら、たちまち正常さを疑われ人の輪から弾かれてしまうような議論だ。
 さし障りの比較的少なそうな例を挙げるとすれば、「人の命など世の中のためには犠牲にしなければならないこともあるし、そもそも犠牲にしていい命だってあるのだ」という仮説である。こんな説は、唱えた瞬間に周囲に五メートルくらいの空間ができるわけで、わずかでも気のおける場面では絶対に口にできない。わたしの公の立場である学校の教員という視座からみても、危険思想として教室からは全力で排除しなければならない。居酒屋でもできない話だ。
 しかし一方で、世に当然の前提を敢えてひっくり返して思考実験するのも、純論理的な止揚のために有効なことではあるのだ。そうすることで物事の本質がみえてくることはわたしにも分かる、というより、(文系の?)学問上の議論は、だいたいそういうことになる。上の斜字のようなことを言い出すものがいたとしても、一旦それを仮の前提として保留し、それを元に構造の組み替えを行ってみたら、意外に新たな突破口が見つかったりすることがあるので、一応オチまで聞いてみよう、となるのである。この「思考実験」「保留」という概念を受け入れる土壌を形成できるかどうかに、彼らの満足感のあるなしがかかっている。
 彼らは技術系の職場にいるわけだから、先の例のような哲学的・倫理学的な思考実験に付き合ってくれる人材に恵まれていない。つまり彼らは、理工系ばりばりの職場にあって、文系的な思弁パターンを手放していない、ということなのだ。そういう彼らを堪能させる議論の場が、拙宅しかないのである。
 地元の卒業生などは、地域の町内会活動などでも、何かとぶつかって苦労しているらしい。

 今回のミーティングでも、そんな感じの非常に激しい議論がいきなり始まっていた。
 前半は、彼らの近況報告も兼ねたかたちで、政治・経済状況と職場のありさま(多くは愚痴)をうまくブレンドさせた会話が活性化した。業界のことが全く分からないわたしは、話についていけないし、入ってもいけない。が、聞いていて面白い。
 彼らも多少そんなわたしに気は遣っていて、時折わたしに話を振り、意見を求めたりする。わたしは、敢えて文系文系した観点から斜に構えたコメントを出して、話を混ぜ返したり笑わせたりする。『朝まで生テレビ』の正月スペシャルに呼ばれる場違いなお笑い芸人のような役回りだ。富山からの卒業生も、あまり口数多くなく、一言二言まとめないしオチをつけるようなコメントを発する。これは昔と同じだ。
 書生ぽいとも思われそうな、みずみずしい感性をみせながら議論する彼らは、学生時代と少しも変わっていない、と思ったのだが、サシの入った焼き肉を振る舞った時に、異変がみえた。肉など底無しに平らげていたはずの彼らだが、最後の方になると「さすがにもたれてくる」などといって、肉にサラダの野菜などを巻いて食べ始めたのである。
 わたしにしても、以前は会うたびに彼らに、変わりませんね、とか、若いですね、とか言われていたのだが、今回は言われなかった。わたしもさすがに老けてきたらしい。

 さて、夕方早い時間から始めたものだから、ひとしきり食べて議論しても、ようやく夕餉時である。ここでカラオケに出かけることになる。彼らの学生の頃は、カラオケは先に済ませてから呑み会に入るのがパターンだったが、このごろは逆になることが多くなった。
 これが彼らの歳のせいなのかどうかは不明である。わたしにしても、昔は酒が入ると喉が自由に開かなくなって不本意な歌になるから、と思ってそういう順序にしていたのだが、最近は達観したわけでもないが、何だかどうでもよくなっている。
 鹿嶋から来た卒業生などは、行く前に相当な勢いでボージョレ・ヌーボーを呷ったりしていたものだから、カラオケルームでは地元卒業生に物理的にも言語的にも絡みまくっている。だんだんエロくなってきた、と地元卒業生が逃げ腰になるような絡み方である。この人は学生時代に、親戚のおじさんが酒を呑むと絡みついて来るのが嫌だ、と話していたはずなのだが、すっかりいいおじさんになったのか。親に虐待されて育った子は、自分の子をも虐待しがちだ、という。
 宇都宮からの卒業生は、昔と同じく、歌も上手いし、盛り上げ方も上手い。

 憤懣をマイクに二時間叩きつけて、また拙宅に戻ってきた。ここからは無粋な仕事の話は止めて、もっと幅広い話題があちこちするフリートークである。
 それが終わったのは夜中の一時半ごろで、ここで二人が離脱する。わたしの方は朝までいてもらってもいいのだが、実家に顔を出したりいろんな都合があるようだ。あとの二人は拙宅で仮眠の後、未明に勝手に帰って行った(書き置きは残してあった)。

 文系的な着想を好み、読書量も多い彼らは、理工系のなかでは異端の存在だ。しかし、注意したいのは、そういう彼らが、学生時代には工学のコンテストで相当に優秀な(全国トップレベルの)成績を収めたり受賞したり、誰でも名を知っている企業の第一線で働いていたりすることである。
 所属校に進路を定めること自体、社会全体からみると異端なのだが、その異端のなかの異端が、マイナスとマイナスで目減りにはならず、自乗されて大きな「正」になっているらしいことを、悦びたい。

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