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2013年1月 6日 (日)

『平清盛』を観終えて

(放送が半分終了した時点での記事→こちら。その続き)

 大河ドラマ『平清盛』が終了、まだ再放送や関連番組などはあるのだろうが、本編は完結し総集編も放送された。『ちりとてちん』と同じ藤本脚本だから、ということで毎回欠かさずに観続けたが、なかなか手応えを感じた。

 ストーリー全体をこの時期に見終わって、どうしても重ね合わせたくなるものがある。

 それが昨年暮れの政権再交替である。

 民主政権はたしかにいろいろな不信を招いたが、あまりに気の毒だったのは、何といっても東日本大震災の発生であろう。
 あんな何十年に一度の大事があったおかげで、野党的体質が露呈してしまった。そこを衝かれるようなかたちで、領土問題なども噴出した。領土に関する野田総理の公式談話はなかなか毅然としていたのに、動きが伴わなかった。官僚主導を否定したはよかったが、官僚との力加減がうまくいかなかったのではないか。なんだかんだ言っても、中央官僚には優秀な人材が集まっているのだ。
 もちろん、山積した問題が、自民党になったから万事解決、とはいかないはずなのであり、逆に自民党にこれだけ票が集まるのも何かとアブナい気がする。
 そして、わたし自身の同時期の経験とも重なり合った。

 わたしは、新たな教育課程をデザインしようとしている大学から、その課程に関するセミナーの講師としてお招きいただき、話をしてきた。聴衆である大学の先生方は、概ね好感触で、参考になった、と言ってくださった。
 反面、言葉の端々に、講演に対する欲求不満を滲ませる先生もいた。先方も新しい教養課程を作る途上にあるため、「答」を求めていて、わたしの講演の中に手っとり早い「答」が見あたらなかったかららしい。
 でも、「答」はご自身で出してもらわないといけない。よその大学の行く末をわたしが決めるわけにはいかない。そんな権限も義理もない。全く新しくデザインすることに「答」などまだ存在しないのだから。判断の材料やヒントは提供するけれど。

 最終回の一回前の『平清盛』は、選挙特番のため一時間繰り上げての放送だった。そうまでして放送するところは、さすが大河ドラマである。
 武士の世という、それまでになかったものをつくりあげた 清盛 は、捨てねばならぬものも多かった。貴族の模倣をせざるを得ないパイオニアの宿命もあった。それが災いして、一度は追い落とした源氏に再び脅かされている。
 しかし、その源氏もまた真の意味での武士の世はつくり得ず、これは戦国時代を待たねばならない。
 何となくドラマと現在の日本が符合するようで、不安だ。新たにものつくるとは、なんと悲しく厳しいことであろうか。落ち着かない世の中になっていきそうだ。

 何度か記事にしたとおり、『ちりとてちん』との共通点も多かった。『ちりとてちん』視点からも、十分に愉しめたのである。

 出演者の重複もかなりあった。
 既に記事にした以外のところでいうと、平泉の 藤原秀衡 役に 和田小次郎 役だった京本政樹さんが出演していたのが、見どころの一つであった。弁慶 の青木崇高さんとの絡みももちろんあったので、それも楽しかった。
 加藤虎之介さん演じる 西光 は、鹿ヶ谷の陰謀で捕らえられた時に 清盛 を面と向かって罵った場面は、まさに 四草 と同じ毒舌キャラが全開で、史実としてそういうことがあったのは知っていたけれど、加藤さんの真骨頂を見ることができた。
 和久井映見さんによる 池禅尼 は、糸子 とは全くキャラが異なる 清盛 の穏やかな義母であるが、源頼朝 (中川大志→岡田将生)の助命を求めて断食していたはずが、水を勧められてつい飲んでしまうところなど、糸子 につながるボケぶりもかすかにあって笑えた。
 他にも、福原と鎌倉の場面がたびたびシンクロするなど、藤本脚本お得意の手法がみられたのも、満足である。

 
 そして、最終回。
 これもシンクロなのかどうか分からないが、清盛 弁慶 の最期が、かなり符合していた。弁慶 はおなじみの立往生、そして 清盛 は立ち上がって「きっと我が墓前に 頼朝 が首を供えよ」と一門に言い放った後、ばったりと豪快に倒れてこと切れる。死に際の顔は、双方とも歌舞伎ばりの寄り目を見開いている。
 これを見て、ふと思った。かねがね松山さんと青木さんの顔だちの相似に思い至っていたのだが、もしかしたら、藤本さんなりスタッフの誰かなり、青木さんの 清盛 を望んでいたのではないか、と。松山さんの演技はもちろんすばらしかったのだが、『ちりとてちん』からのファンとしては、そんな深読みもしてしまう。そういえば『義経』の時の弁慶役は、マツケンだった(ただし松平健さんのほうである)。

 清盛 の死に際に 西行(藤木直人)の所に生霊が現れるところ、死後の世界らしきものの描写、いずれも 徒然亭草若(渡瀬恒彦)の死去にあたっての演出と通じた。西行 に「お手前は間もなく死ぬのでござりましょう」と言われて、清盛 が「何じゃ。そういうことか」と納得し落ち着いたかと思ったら、一瞬後に目を剥いて驚く、のりつっこみ的な演技も、『ちりとてちん』のようなくすぐりだった。「お手前の一生、まばゆいばかりの美しさにございます」という 西行 の言葉も、「人生のど真ん中、どーんと歩いて行ってよ」という 喜代美 の科白と呼応しているような気がする。
 壇の浦の戦で 安徳天皇 他が海中に沈む際、平時子(深田恭子)が「海の底にも、都はございましょう」との名言を発するのは、平家物語からの伝承だが、その「海の底の都」が実際に描写されたドラマは初めてではないか。
 理想の国が、空想上の海の底でしか実現しなかったことに哀しみはある。しかし、清盛 が海の底に刺さった剣を抜くのは、もちろんこれまでにも繰返されてきた「地に刺さった剣を抜く」描写との首尾呼応、まさに藤本脚本。

 そして、頼朝 源義経(神木隆之介)との確執も、このドラマの本筋では全くないのに、泣かされた。頼朝 の描く武士の世には、義経 が官位を受けたことは、許しがたく組み込みがたいことだったのだろう。
 しかし、義経 を排除したことは、頼朝 の失策であったとわたしは思う。源氏の傍流を確保しなかったことで、北条に幕府を乗っ取られる隙を作ったと思えるからだ。平家滅亡の時点で、しっかりと脇を固め睨みを利かせる傍流になり得るのは、実力や知名度からも、義経 をおいて考えられない。許しがたきを許すべきであった。
「源氏の世に捧げるこの命、決して無駄にはしてくださりますな」というのが 義経 最期の科白だったが、虚しい。結局無駄にしたわけだから。

 登場人物たちの「その後」をナレーションで次々に語っていったところも、『ちりとてちん』の最終回のようであった。もっともこちらは、そのほとんどが「いかに死んだか」の説明であり、やるせなかった。語りの 頼朝 の死さえも、自身で説明しており、じゃあ、いつの時点から語っているのか、という疑問もでてくるのだが。
 それでも、『平清盛』の登場人物たちがなそうとした理想の世の追求は、いろいろな立場の人に受け継がれ、「おかしな道中はまだまだ続いてい」くのだが、一応壇の浦で「お時間です」ということだろう。

 『ちりとてちん』がそうであったように、『平清盛』もまたわたしにとって最強の大河となった。世間の評価など気にしないことにしよう。
 『Q.E.D. 証明終了』も含め、一連のNHK藤本作品が投げかけるテーマは、「面白く生きる者の輝きこそ美しいはずでしょう」といったもののようだ。これには共感できるし、今後も観つづけていきたいものだ。   

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