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2013年10月 4日 (金)

『あまちゃん』終わって、さあ『ちりとてちん』

 『あまちゃん』が、最後まで湿っぽくはない雰囲気を保って、それでいて胸に迫るシーンをたて続けに見せながら、最終週が終了、完結した。

 以前からの記事で繰り返しているように、『あまちゃん』の作品構想全体が『ちりとてちん』と類似しているほか、さまざまに隠れたオマージュがあり、共通したものが感じられる。
 『あまちゃん』にハマっていた人が気が抜けたようになる「あまロス」などという言葉もできたようだ。次の新朝ドラ『ごちそうさん』を観るのももちろんいいのだが、ムードのよく似た『ちりとてちん』の再放送を観るのが、最もよい療治ではないかと思う。

 この最終週を含む終盤の、「いかにして 足立ユイ を再びステージに立たせるか」「いかにして 鈴鹿ひろ美 の仕事を再開させるか」というような人々の画策と奮闘は、「いかにして 草若(あるいは 小草若)を高座に復帰させるか」の課題と重なり合う。
 鈴鹿の歌は、その練習・打合せ風景なども、歌のところだけ無声になったし、歌おうとすると慌てて 天野アキ が止めに入ったりして、なかなか聴くことはできず、結局海女カフェライブで初めて聴かれた。もちろん、そこまで遅延することで、感動は増幅された。
「潮騒のメモリー」のなかの「再び会うまでの約束もしないで」という歌詞が、薬師丸ひろ子さんが歌うことで、「セーラー服と機関銃」を踏まえていることが、最後にクローズアップもされた。「三途の川のマーメイド」というとんでもない歌詞も、単なるパロディとしてのギャグではなく、最後に効いてくることを計算されていたのだ、と分かる。

 鈴鹿 は実は最初からちゃんと歌えたのではないか、戦略として音痴のふりをしていたのではないか。この疑問が、天野春子 によって提起された。これは 鈴鹿 のみぞ真相を知る謎、ということで、それ以上掘り下げられることはなかった。
 しかし、わたしはそれはないと思う。やはり 鈴鹿 の歌は、何回かに一回だけ「当たる」危なっかしいものだったのだと思いたい。
 ライブの数日前に 栗原しおり の赤ちゃんに「だんご3兄弟」を歌った時には、あまりのひどさに しおり の顔は歪み、赤ちゃんは激しく泣いた。音痴を装っていたのなら、歌ってくれと頼まれたわけでもないのに、二人だけのためにわざわざ自分から「死霊のだんご3兄弟」を聴かせる必要はないのである。それに、アイドル時代にも、歌番組に出たいと言いだしたのは、鈴鹿 自身である。
 やはり一流の「プロ」として何かを「もってる」鈴鹿 が、一世一代のステージで、しかも 春子 の影武者も不可能になった状況で、何かが降りてきて奇蹟的に「聴ける」歌を歌えた、ということだろう。その方が 鈴鹿 のこのドラマでの存在感が活きると思う。
 そして、二度と影武者をやらない、と言っていながらきちんと舞台袖でスタンバイする、そして 鈴鹿 のプロぶりに感嘆、自身との器の違いに納得する 春子、徹頭徹尾影武者道を貫いたのも、見事である。
 こういう芸達者の 鈴鹿 というキャラクターも、草若 のなかなか真意の分からない言動と通じるところがある。

 最終回は、物語の発端となった北三陸鉄道開業当日の 春子 の家出と重なる、北三陸~畑野間復旧記念式典の場面から始まり、過去と現在のシンクロが演出される。世代間シンクロというのが『あまちゃん』と『ちりとてちん』に共通するモチーフであることも、何度も指摘してきたところだ。ただし、前者で人込みを掻き分けて列車に乗ろうとするのが 春子 であったのに対し、後者では 春子 本人でも娘の アキ でもなく、なぜか 黒川正宗 であったところは、洒落の効いたハズし方であろう。
 水口琢磨 が見つけた恐竜の骨小田勉 がその手柄を譲ってほしそうにするが、断られて大いに悔しがる。これはかなり明確な『ちりとてちん』へのオマージュだと思うのだが、いかがであるか。
『ちりとてちん』では、喜代美 の拾った恐竜の化石が、なりゆき上 清海 の手柄になってしまい、嘘をつきつづけなければならなくなった 清海 を苦しめるが、『あまちゃん』では、その問題にアンサーするがごとく処理されたわけである。表に立つ 鈴鹿 と影武者の 春子 とではどっちがつらかったのか、実は 鈴鹿 の方がつらかったのではないか、という ユイ の提起もあった。もうそのつらさを 水口 には背負わせないのである。
 そして、その曲折あった アキ ユイ も、最後に手を取り合って「未来」へ続く線路の上を歩いていく。これもまた喜六と清八のように共に旅を愉しむようになった 喜代美 清海 の関係と同じ収束であろう。

 このように、『あまちゃん』を愉しんだ人には、『ちりとてちん』も愉しめること、請け合いである。7日からの再放送をご覧になることを、改めて強くお勧めしよう(ついでに、綿密に張られた伏線を見逃さないよう、伏線をほぼ網羅的に解説している下記解題本を手元に置いてご覧になることも)。
 喜代美とそれを取り巻く人々の阿呆らしい道中をぜひお楽しみいただきたい。

(↓解題本『『ちりとてちん』に救われた命』は、平成26年末をもって、書店・Webでの販売を終了します)   

 

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コメント

 11月21日6時16分頃に投稿されたコメントについては、プロフィール欄でお知らせしている削除対象に該当するため、削除させていただきました。ご諒承願います。
 しかし、当記事の内容がお役に立ったことは嬉しいことです。ありがとうございました。

投稿: まるよし | 2013年11月21日 (木) 06時22分

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