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2013年12月24日 (火)

鏡像としてのそっくり芸能人

 以前の記事でも述べたが、いろんな人(物)に似ている、と言われるわたしながら、自他ともに最も納得のうえで似ていると思ったのが、かつて人気バンドのボーカルだった同世代のシンガーである。
 そのことをここしばらくあちこちで話す機会があり、画像検索で検証して、確かに似ている、という傍証言も多く得たから、いっそう確信をもっている。

 そして、こういうことを自分から話す心境になったのは、歳のせいなのか、とも思っている。

 そのバンドがヒットを飛ばしブレイクした頃、わたしはまだ学生であった。同世代の人がテレビで活躍する、というのは、多感な年頃の者にとってなかなか複雑な心境を招く事態なのだが、それが自分によく似ているとなると、より煩わしくなる。
 そういうこともあって、わたしは当時、そのシンガーの歌について斜に構え、潛在意識の部分で拒絶していた。歌だけでなく、似ていると言われることが嫌だったし、そのシンガーの話題さえ避けていたように内省する。若かったなと思う。

 改めて今、そのシンガーの画像や動画を観て、やっぱり似ているなと思うし、そうなると、自分がひとからはこういうふうに見えているんだ、という参考にもなる。キャラや髪形なども、具に見ると似ているのである。わたしがカラオケで歌っている姿の印象もこれに近いのかもしれない。
 双子の人が羨ましい、と思ったこともある。似てない双子というのもいるようだが、大抵の場合、自分と瓜二つの個体が身近に存在するわけで、自分を客観的に見つめることの助けになっているのではないか。双子独特の発達心理というのがあるのではないか。物理的にも、自分の横顔とか、下から見上げるような角度の顔とか、そういうのはなかなか見られないものだが、双子なら簡単に見られる。
 双子でないわたしは、その次善の策としてこのシンガーを観ている。が、そういう自分見つめも、若いときにこそやっておけばよかったことであり、その意味では当時彼を避けていたことが惜しい。

 当時ろくに聴かなかった彼の歌を聴いてみると、綺麗な声ではあるが、むちゃくちゃ歌が上手いというわけでもなく、(わたしに似ているわけだから)とりたててイケメンというわけでもない。そのへんの親しみやすさがウけていたのかな、と思う。近所のおにいさんという雰囲気である。
 わたしはなかなかコンプレックスの深い人間であった。自分はひと前に出るような、ましてひと前で何か芸を披露するような器ではない、と思い込んでいて、自分と感じの似た人がそういうことをやっているのを見ると、嫉妬、とも違うが、それを認めると自分の抱えてきたコンプレックスが嘘だったことになってしまう、というので受け入れることを拒絶していたのだろう。

 動画でわたしそっくりの人が往時の歌番組やバラエティー番組の司会者から手厚く遇されているのを見ると、何か自分が温かくもてなされているような妙な気分になるし、観客、殊に若い女性からキャーなどと言われていると、わたしにもちょっと違った人生があったのではないか、という気にもなる(笑)。
 そして、冷静に曲そのものを聴くと、これもまたなかなか軽快で耳に心地よく響く。カラオケでも勿論頑なに避けてきたこの人の曲だが、勿体ないことをしたと思う。そう思ってこのごろはこのバンドの歌を覚えて歌ってみたりしている。

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