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2014年3月18日 (火)

そばに寄り添いたもうた天使

 昔は、つらいことがあるとどか食いする質だった。自分の存在している価値が分からなくなると、なぜか京都に出かけて贅沢をした。関西で学生をしていた頃である。学生だから、贅沢といっても知れたものであった。
 今はそんなことをすると、体重計の上で別の意味の存在価値に悩まねばならないから、そういうこともできないので、量より質を求めるようになっている。

 しかし、出かけて美味いものを食べるというのがいいのかもしれない。

 国語学の研究活動に行き詰まって新京極にある上等のレストランで一人ご飯し、満たされたのかどうか分からぬまま京都駅から下りの国鉄に乗った。当時の国鉄はラッシュ時でも結構空いていた。流れていくネオンを眺めるのはちょっとは心を和ませることができた。
 大阪を過ぎても、四人掛けを独占したままだった。相変わらず窓を眺めていたが、この区間は既に通学経路であったから、全く感じるところはなかった。日常に引き戻されて、また悩みが頭をもたげてきた。

 三ノ宮でどっと通勤帰りの客が乗ってくる。ここからは並行私鉄の方が運賃が高くなるからである。と言っても、立ち客が出るほどではない。
 わたしのボックスには、初老のおじさんが腰を下ろした。おじさんがわたしに話しかけてきた。
「君は、真面目そうな人だね。よく勉強するんだろう」
 初対面でなんでそんなことを言われるのか、分からない。学生なのはだいたい見たら分かると思うが。
「今どきの学生と違って、真面目にやってるのは分かるよ」
 思わず涙が溢れそうになった。真面目かどうかはともかく、自分なりに努力しても結果が出ないことに落ち込んでいた。誰かに認めて欲しかったのだと思う。自分のことを碌に知らないはずのおじさんの明らかなお世辞であっても、それでよかったのだ。
「君は、歴史とかそういうのが好きなんだろう」
 歴史ではないが、学科は近い。歴史も嫌いでない。
 それから、おじさんは自分の身の上を話しだした。三宮の地下街にあるそば屋で働く職人さんだった。そば打ちで身を立てると決めるまで、そして今の店に勤めるに至るまで、おじさんの曲折を聴いているうち、自分の悩みがつまらないことのように思えた。
 ローカル線ならともかく、都会の幹線でこんな会話が生まれるのは珍しい。それも、その時のわたしに最も必要な話が聞けたのだ。何かの力が働いているのでは、と感じた。
 わたしは、自分の事情をも曝け出して、おじさんに相談したかったが、それには乗車時間が短すぎた。お礼、といっても、手許にある読み終えた週刊誌を、降り際におじさんに進呈する以外、何の術もない。

 こんな巡り合わせがあるんだな、と思ってそれから数カ月経ち、大学の帰りに偶然、もう一度電車の中でこのおじさんに遇った。その時は少しく電車が込んでいて、わたしの坐ったロングシートの前におじさんが立った。席を譲ろうかと思ったが、おじさんはそんな歳でもない。
 降り際に、おじさんと目を合わせ、会釈した。だが、おじさんはわたしを覚えていなかった。 

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