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2014年4月22日 (火)

元号に使われた漢字 上~ 元号に親しむ

 担当しているラジオのコーナーで元号の話題をとり上げた。アシスタントの学生に加え、同僚の歴史教員にも収録に加わってもらった。
 元号の話は、えてして思想信条が絡んで議論の種になりがちなのだが、わたしは純粋にことばの側面からの興味でとり上げたに過ぎず、他意はない。元号にどういう漢字が使われているのか、ということを調べてみるのは、なかなか面白いのではないか、と思いたったのだ。

 元号にも西暦にもそれぞれのメリット・デメリットがある、とその歴史教員に教えてもらった。
 西暦は連続した数値だから、大きく時代を捉えるときには便利である。ナクヨ鶯からイイクニ造ろうまでは何百年の開きがあるのか、となれば西暦でないと分からないし、そもそも平安遷都や鎌倉幕府成立を元号で覚えている人は少ない。
 一方で、元号はせいぜい二桁までに収まるから、ごく近い時代を比較しようというときには便利である。何より、表意文字たる漢字で表されているから、それぞれ時代が独自のイメージをもってわれわれに訴えかけてくれる。だからこそ、元号に使われる漢字に注目したくなる。

 わたしはといえば、世代の問題もあるのだろうが、元号の方がしっくりくる。
 千九百八十何年 とか、二千何年 とか、そういう言い方をされても、どうもぴんとこない。常に 昭和平成 に換算して理解する習慣がついている。
 というのも、わたしが幼少の頃は、まだまだ元号で年を表すのが主流だったからだと思う。わたしが初めて元号を意識、というか、西暦というものを知ったのが、ラジオから流れてきた曲によってであった。♪1970年のこんにちは という歌詞を聞いて、不審に思った。もちろん、大阪万博のテーマ曲「世界の国からこんにちは」である。一般に最も知られているのは三波春夫版だが、わたしが幼稚園などで親しんでいたのは坂本九版であった。
 1970年 って何のことだ? 今は昭和45年じゃないのか? と思ったのだが、1970年という表し方もある、ということを両親に教わった。
 当時のわたしは、数というのは一万までしかないと思っていた。だから、10000年 までいくとまた1に戻って、1970年まできたら、またこうしてパパとママとぼくがこの家で一緒にご飯食べるのかな、と思って訊いたら、いやそうじゃない、1970年 はもう二度と来ない、という。それを聞いてわたしは泣いた。
 大阪万博で「タイムカプセル」を埋めた。1970年 の生活や風俗を象徴するアイテムを詰めてある。これは五千年後、つまり 6970年 に開けることになっている。が、その 6970年 までの時間の迂遠さを思い、やっぱりわたしは泣いた。
 どうも西暦というのは、幼い子供が受け止めるには数値が大味にすぎるのではないか、と思う。「千年先までのカレンダー」なるものが発売されたが、すぐに発売中止になった、という逸話を思い出す。眺めていて自殺する人がでたのだという。
 そんな数十年前に比べれば、わが国で通用する年の数え方においては、西暦がかなりその勢力を伸ばしてきていると思う。これは、昭和 から 平成 への改元で、元号を跨ぐ年数の計算が多数発生し、それには西暦が便利であったこと、さらには、20世紀から21世紀への変換という話題から西暦が脚光を浴びた、という背景もある。

 昭和 最後の日、わたしはたまたま研究会が予定されていた。研究仲間が大学に集まった。国語国文を専攻する人の集まりだから、次の元号が何になるか、ということは、皆の大きな関心事であった。研究発表そっちのけで、皆がテレビを注視していた。
 そのなかで、 の字が入ることを予想する人がいた。いわゆる平和憲法が施行されて初めての元号だからである。平和は万人の望みであることに紛れもない。
 平成おじさんと渾名されることとなる小渕恵三氏が額を示したときは、だから感嘆の声が挙がった。そして、これを見た途端に、ワープロ(専用機)に 平成 を単語登録する人が、わたしを含めて多かったという。
 書類などの記入の際の便宜を考え、明治・大正・昭和 とイニシャル(M・T・S)が重ならないように、サ行・タ行・マ行で始まる語を避けた、とされているが、そんなことを考えて元号が選定されたのは、史上初めてであろう。もっとも、それは俗説である。イニシャルを考慮した、と公式な見解にあったわけではない。

 大分話が横に逸れたが、こういういろいろな体験をして、元号に思い入れがあるから、そこに使われている字が気になる。いったい、元号に最も多く使われている字は何という字なのだろうか。
 そういうランキングがWeb上のどこかにはありそうなものだが、わたしには見つけられなかった。なければ自分で数えるしかないし、その結果を公開しておくことにも意義があろう。

 元号の一覧表ならWebのあちこちに公開されている。それを使って、漢字の使用回数を、紙に「正」の字を書きながら数えてみた。まさに という字も元号に使われているから、そこだけはカウントを間違わないようにしないといけない。 のように見間違いそうになる字もある。
 作業していて気づくのは、実に紛らわしい、というか、似たような元号が多い、ということである。縁起のいい慶字というのはそんなにたくさんあるわけではなく、それらの組み合わせになるから、互いに似てくるのである。
 〇〇の乱とか〇〇の改革とか、歴史上のイベントに命名されている元号なら目に馴染んでいるが、そうでない元号がかなり多いことに気づかされる。歴史の専門家でも、全ての元号に通じている人は少ないことだろう。

 しかし、慶字も流行り廃りがあるようだ。もちろん、漢籍から採るのが原則だから、あまり目新しい字や国字が採用されることはないのだが、漢籍のどの一節に着目するか、というところで時代を反映する余地がある。
 近代の元号における字遣いは、伝統とは異なっているようにも思う。

  という字は、意外にも 平成 が初出なのである。昔の は単に「なりたち」という意味にとられていて、慶字とは見なされなかったのかもしれない。成功・完成・成人式・成婚・成談 などと、めでたい印象の言葉に使われるようになったのは、近代になってからではないか。 の方は昔から例があるが、これも 平和 という熟語からくるイメージをもとに使われたのは初めてかもしれない。 
  の字も、昭和 が初出である。そもそも という字は、昭和 という元号ができるまでは、人々が日常用いる字ではなかったのであろう。元号や人名・地名などの固有名詞を除けば、 の字を使う熟語などは思い当たらない。そういう人名や地名なども、元号としての 昭和 に因んだものがほとんどだ。水戸の殿様であった 徳川斉昭 あたりが例外である。 
 つまり、の字が人名などに多く使われるようになったのは、まさに 昭和 の年号に因んでのことなのである。東京にある 昭島(あきしま)市 も、昭和 町と 拝島(はいじま)村とが合併してできた合成地名である。昭和 という年号がなかったら、 の字はおそらく常用漢字にも入っていなかっただろう。
 こんなマイナーな文字が元号に採用された事情は定かではない。決まりかけていた元号を新聞社にスクープされたために、急遽第二候補に差し替えた結果だ、などという説もあるが、これもあくまで俗説であって、公式に語る史料は何もない。

 このように、一つ一つの元号に、いろいろな背景があることだろう。森鷗外のように、一つ一つの元号に関する考証を書に残している人もいる。
 しかし、多くの元号を一絡げにまとめて考えるには、やはり野暮ながら統計的に処理するしかないのである。

 では、次の記事では、「元号に使われている漢字ランキング」を発表していこう。

につづく)

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 『まるごと とれたて 日本語談義 -ラジオ番組『高専ライブ』で語ることばの話-』
 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
ISBN: 978-4-906485-09-3 
 (桐島周は、まるよしのペンネームです)

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