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2014年5月27日 (火)

山岡との意外な再会

 『美味しんぼ』は四半世紀来の読者で、一時は単行本の全巻を揃えていたし、新刊が出るたびに買い求めて読んでいた。
 その魅力は、やはり食に関して蒙を啓かれるところにあった。豆腐や米、カレーにラーメン、と身近な食材やメニューに、これほど奥深い背景があったのか、というのが感動の発火点となっていたように思う。

 そういうことが、「究極」対「至高」の対決として、スリリングに描かれていく。そして、深い確執のある 山岡士郎海原雄山 がいつ和解できるのかできないのか、という大テーマが、また進展していくのもよかった。

 わたしは、登場人物の命名からして、必ず和解があるもの、と思ってきた。
「海」と「山」、「岡」と「原」、という対立するイメージの字が名前に含まれているわけだが、よく見ると「雄山」から「山岡」が尻取りになっている。雄山 に随き従い、正当な後継者となっていく 山岡 の運命が、既に名前で予告されている。
 そして、二人をとりもつ人物が 栗田ゆう子 である。「ゆう」の部分は平仮名だが、普通に考えれば、「結う」の字が連想される。つまり、ゆう子 が二人を結びつける役割を果たすことになる。
 今書くと後出しのように思われるが、わたしはこの説を二十年前、山岡 ゆう子 に結婚の気配すらなかった時点で、授業において述べていたのである。覚えていてくれる卒業生がどれだけいるか分からないが。

 ただ、アニメやドラマが続々作られていた一時ほどの『美味しんぼ』ブームでは、最近はなくなっていた。わたしも、そんなに求めて読まなくなっていた。
 「究極」対「至高」対決は、最初の頃は両陣営がテーマに即して、これこそ、と思う一品で勝負していたはずである。それが、だんだん出す品数が多くなり、前菜から主菜、デザートまで出すようになった。前菜だけで数品に及ぶことも珍しくない。
 そうなると、参加者や審査員はフルコースのディナーを二食一気にとることになる。はち切れそうな腹を抱えて、味の判定などできないだろう。現実感がだんだん薄れていく。「おむすび」対決など、合計十数個のおにぎりを参加者がどんどん平らげて、うまいうまいと言っている。あり得ないことである。
 さらに、日本や世界各地の料理を 山岡 らが取材に行くようになる。これがまた、原作者の取材旅行を、原作者を 山岡 ら登場人物に置き換えてそのまま描いているのが明らかである。実際に取材に応じた実在の人物を次々実名で登場させ、取材で話してくれたとおりのことをフキダシでしゃべらせる。
 リアルな部分とシュールな部分が変なかたちで同居しているのである。

 雄山士郎 の完全なる和解がなった今、いわゆる「鼻血」問題で『美味しんぼ』が話題になっていることには違和感がある。こういう歪な事態には、社会の側、作品の側、両方に要因があると思う。

 基本的に、漫画を含めた虚構作品が、その背後にどのような思想をもっていようが、自由である。その思想が支持されれば読まれるし、されなければ読者が離れてしまうだけのことである。
 福島の放射線の問題は、東日本大震災発生直後から三年にわたり、いろいろな説が出ていて、何が真実なのか、なかなか素人には判断が難しい状況にある。そこに一つの見解が加わったにすぎない。確かに『美味しんぼ』は根強い人気がある漫画ではあるが、だからといって、漫画で述べられたことで、なぜこれほどの騒ぎになるのだろう。放射線の恐ろしさを警告する言論はこれまでにいくらでもあったではないか。
 漫画が社会問題を訴えることへの違和感があるのだろうか。だとしたら、漫画をある意味で過大評価、ある意味で過小評価しているのではないか。漫画という表現手段にわれわれは予断をもっていないか。

 先に述べたこの作品の「虚構度」のブレがそのままこの予断のブレに拍車をかけていると思う。そこを衝かれたのが今回の騒動だと思えてならない。
 原作者が取材旅行中に鼻血が出たのは事実なのだろう。それの原因が何であるのかは、簡単には特定できないものの、その事実を報告するのなら、別に問題はなかろう。しかし、その経験を 山岡 という人気漫画の主人公のものに置き換えた途端に、ことは一般論となってしまう。ここに飛躍がある。

 どうも、このところの騒ぎは、そういう不幸な噛み合わせの悪さの結果だという気がするのである。
 ただ、老舗グルメ漫画で、かつて名を馳せた作品であるからこそ、世の中に問題提起ができた、という功績は認めるべきだろう。東日本大震災の印象が薄れがちになっていた人にも、『美味しんぼ』の連載が今でも続いていたのか、と思う人にも、今回の騒動は強烈な印象を残した。
 そして、議論が盛り上がったからこそ、いろいろな意見がまた百出しているわけである。『美味しんぼ』を批判するのは本筋ではなく、こうなった以上は、議論をこそ深めていくのが得策なのであろう。

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