« 南海「天空」と雪の高野山 上 | トップページ | ハイパーホテルズパサージュ お勧め »

2014年5月13日 (火)

ミュージカル『ホンク!』(サッコ出演)中

「ミュージカル『ホンク!』(サッコ出演)上」 からつづく)

 そして、これも原作にない、アイダ が他の雛鳥たちの世話を ドレイク に任せ アグリィ を探す旅に出る、というエピソードがストーリーに加わる。
 アイダアグリィ を喪って悲しみにくれる、その心を歌う「エレジー」「母の涙」の二曲は、サッコファンにとっては一番の見どころであろう。特に後者はほとんどが アイダ の独唱であり、歌手・伊藤咲子 の本領が堪能できる。哀感を込めた切ない声と歌唱力は、まさにミュージカル向きなのだなあ、と感じられる。
 この一連の流れのなかで、キャットアグリィ に舌なめずりしつつ、料理本の「鴨のオレンジソース」のページを開いて客席に示したり、旅に出る アイダドレイク がスマホを持たせたり、という〈現実への過密着〉ギャグが重なって、客席が和む。序盤の陰惨さから、少しムードが和らいだ。

 原作にも、子アヒルが雁に出会った後その雁が猟師に撃たれる、というエピソードはある。それを思い切り膨らませて「雁の暗中模索隊」という曲にのせて展開する アグリィ と雁たちの交流、これも キャット に邪魔されて終わるのだが、原作とは異なり、雁たちは殺されはしない。怪我を負った設定で、車椅子姿で後に登場することで残酷さは緩和されている。
 アグリィアイダ が出会うことのできぬまま、いつか巡り逢うことを夢見る歌を、互いに背を向けて歌いながら、1幕は下ろされる。   

 いつものごとく、休憩はじっと坐ったままなるべく目を瞑っておく。そうしながらの十五分はけっこう長い。

 2幕の初めは、気位の高い雌鶏 デンブリン(夕貴)と雌猫 クィニー(大輝ゆう)の住む小屋に アグリィ が迷い込む場面から始まる。これも原作にあるのだが、ここではかなりコミカルに膨らまされており、キャット も乱入する。
 ここでは、ペットとしてごく狭い世界で安穏に生きることと、広い外界で危険に曝されながらも自由に歩き回ること、どちらが幸せなのか、という問題を突きつけられる。中学生向けのディベートのテーマに、「動物園の熊は幸せか」というのがあったのを思い出す。なかなかどっちと決めることはできない、生き方の問題となろう。
 クィニー キャット に失恋したところで、歌がちょっと『キャッツ』の「メモリー」に似た曲調になるのは、意識してのことなのだろうか。

 アイダ に代わって家事と子育てを引き受けた ドレイク は、そのルーチンワークに目を回しながら、これをこなしていた アイダ を改めて尊敬する。
 そうしながら、子供たちやアヒル広場の住人たちとともに、「LINEがつながらない」ために消息の知れない アイダ、そしてちょっぴりながら アグリィ の安否をも気遣っている。そういう件があるだけでも、少しはよかったとは思う。
 アグリィ は、白鳥の少女 ペニー(内田靖子)やカエルの ブルフロッグ(KAZZ)と出会うことで、自分の知らなかった世界と価値観を少しずつ知っていく。いずれも原作にはないエピソードである。
 ペニー に対しては、とにかくその美しさに アグリィ は心奪われるのだが、まさか自分が ペニー と同類とは思っていないから、その想いが恋であることにも気づいていない。
 ブルフロッグ は、自分のイボだらけでガニ股の外見にもめげることなく、いつか自分の時代が来ると信じて前向きに生きている。アグリィ はそれに感化されて自らも希望を持つことになる。ブルフロッグ とカエル仲間たちが アグリィ を囲んで歌う「誰かが君を愛してる」はこの劇のテーマソングと言ってもいい、盛り上がる曲である。観客への応援歌にもなっている。
 しかし、どうもここでもわたしは素直に感動できなかった。ブルフロッグの言うことは間違ってないのだが、アグリィ はこの後美しい外見になることが約束されているわけで、そうなることで救われるのは、ちょっと違うのではないか、と思えたのである。そこをストーリーは解決してくれるのだろうか。

 この後、原作と同様 アグリィ は人間の罠にかかって捕まってしまう。原作では子アヒルが自力で逃げ出すが、アグリィ を救うのはなぜか彼をカーナビで追って来た キャット であり、せっかく アグリィ を見つけたのにすぐ食べようとはせず、一緒に来るならもう一度ママに会わせてやろう、と アグリィ を網の外に出してやる。どうも、キャット の心に微妙な変化が現れているようだ。
 しかし、二人を激しい吹雪が襲い、道を見失う。アイダ も同じくその吹雪に巻かれていて、互いに近くにいるのに気づかない。おそらく、アヒルたちにとっては長途の旅をしていることになっているが、実際は数キロ四方の範囲で起きている話なのだろう。やがて三人とも気を失う。

 吹雪がやみ春になると、ペニー ら白鳥の一族が戻ってくる。目を醒ました アイダ は、すぐそばに凍てついた アグリィ の骸があることに気づく。取りついて号泣する アイダ。白鳥達の言う、母の涙は氷をも融かす、という言い伝えに従うまでもなく、ようやく巡り合った我が子の変わり果てた姿に泣きつづけるのである。
 声を出して泣く、というのは、演技のなかでもかなり難しいものだと思うが、なかなか胸に迫るやりきれなさを帯びた泣き声であった。後で他の隊員とも、サッコも演技すごくうまくなったね、と生意気に言い合ったことである。
 はたして言い伝えは正しく、アグリィ は息を吹き返し、しかも、立ち上がってみると美しい白鳥の姿に変わっていた。

 原作の子アヒルは、白鳥になった後はアヒルの家族のことは歯牙にもかけず、幸せに浸るのだが、アグリィ は違った。アイダ を「ママ」と呼ぶことをやめない。さらに、他の白鳥達も、アイダ に対して慈愛に満ちた態度で接し、決してアヒルを見下すようなことはない。この点は非常に感銘を受けた。
 アイダ が、あなたの生きるのは白鳥の世界、と言って アグリィ を白鳥の一家に託し、飛び立っていくのを見送るのは、それと矛盾するのではないか、と少々眉を顰めたのだが、案じるまでもなかった。アグリィペニーアイダ の元に舞い戻り、アヒル広場で共に生きていく決意を告げたのである。この原作と全く異なる結末にも、心温まる思いがした。
 ただ、それと序盤のひどいいじめの場面と、どう折り合いをつけるのだろう、と首を捻った。
 案の定、大団円は アグリィ の「許すよ!」の一言で成立してしまった。きょうだい達はじめアヒル広場の面々が アグリィペニー を受け入れたのは、アグリィ が美しい見た目になったからではないか、という疑いを禁じ得ない。グレース がアヒル広場の貴族? の位をアグリィ に譲る件も、わたしには蛇足に思える。そういう身分の序列はもう破棄する、という結末ではないのだろうか。
 アグリィ にひどい言葉と態度をぶつけた面々にストーリー上の制裁はない。その点もフラストレーションが残ったのだが、制裁を一手に受けたのは、キャット である。キャット はコメディリリーフでもあるから、そういう役割になる。
 のだが、考えてみれば、キャット は食物連鎖という自然の掟に従い素直な欲望を露にしたに過ぎない。しかも、結果的にではあるが、アグリィ の命をも救ったのである。そしてここが大事なのだが、キャットアグリィ を少なくとも外見によって差別はしていない。きょうだいの雛鳥たち全てを、卵が孵る前から狙っていて、たまたま独りぼっちでとり残された アグリィ を連れ出したのである。
 それを思うと、キャット の退場のし方がどうもすっと肚には落ちず、キャット に少々同情しながら、幕が下りるのを見た。

 この日は、終演後にトークショーが行われる、ということなので、そのまま席に留まる。

につづく)

|

« 南海「天空」と雪の高野山 上 | トップページ | ハイパーホテルズパサージュ お勧め »

1.0サッコ」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/129332/59533616

この記事へのトラックバック一覧です: ミュージカル『ホンク!』(サッコ出演)中:

« 南海「天空」と雪の高野山 上 | トップページ | ハイパーホテルズパサージュ お勧め »