« 相対的にパソコンとつきあう | トップページ | カツカレー選集(30)~ カツカレーの店 Kappa »

2015年3月 3日 (火)

鉄道とクルマ 言葉の取り合い

 鉄道とことばとを好む者として、鉄道に関して使われる用語にも関心がある。
 特に、鉄道とクルマ(自動車)、両方とも車輪が付いていて地表を走る、という形状が共通しているものだから、用語ないし用語が指す事物に、類似するものが多い。それで、鉄道と自動車とでうまく用語を分け合う、というと聞こえがいいが、用語を取り合ったりするケースがあり、このさまが、また興味深いのである。

 それで、標記のような記事を書こうと思うのだが、この表題自体が、自分で書いていてもどかしい。
 クルマ(車) と言えば遺憾ながら普通、自動車のことを表す。鉄道車輌だって車なのに、そして鉄道の方が先にあったのに、自動車のあまりに急速で広範な普及によって、最もシンプルな クルマ の語が、自動車に取られてしまった。もっとルーツを辿れば、「車」は人力車や牛車を指すことになるんだろうが。
 片仮名で クルマ と書くのはわたしのせめてもの抵抗だが、一般にこの表記がなされることも事実である。
 国鉄時代に、ディーゼルカーの急行列車に乗ったとき、車掌さんが放送で、「○号車は指定席の 、○号車は自由席の です」と言ったことがあり、ちょっと違和感があったし、同行の友人が、「ディーゼルカーは クルマ と同じようにエンジンで動くからこう言うのか?」などと言ったのも覚えている。そんなこともないと思うが、その頃既に クルマ と言えば自動車のこと、という語感が定着していたわけである。
 神戸市バスの車内自動アナウンスでは、昔から、「このは○系統○○行です」と言っており、これも子供心にやや違和感がありながらも、バスも自動車の一種なんだなあ、と納得はしていた。残念ながら、神戸市電でもとアナウンスしていたのかどうかは、全く記憶にない。

 そんなこともあり、不本意ながらこの表題となったのであるが、反面、鉄道の方が先発であるがゆえ、簡潔な用語を先取りできた例も多い。
 電車 などはその典型で、クルマの方は後発、それも電気で動くクルマは割合最近になって実用化されたものだから、電気自動車 などともってまわった用語を使わざるを得なくなっている。電気自動車 の方が先にできていたら「電車」と通称されていただろう。
 電車 というシンプルな二字熟語で鉄道のイメージがすぐ浮かぶばかりか、これが鉄道車輌全般、さらには鉄道そのものを指す語として汎用されている。鉄道が分かりやすい熟語を先取りできてよかったな、と思う。

 電車 に関連する用語として、電動車 電気車 がある。日常使う言葉ではないが、これら三字熟語も鉄道が先取りしていたため、やはり 電気自動車 の略称とはなり得なかった。
 電動車 とは、電車 のなかでモーターが付いている車輌のことである。電車 といえども、全ての車輌にモーターが付いているのではないのだ。引っ張られて動くだけの無動力の車輌もあり、これは 付随車 と呼ばれる。歩道でお年寄りがよく乗っている電動車椅子の類は、これも 電車 電動車 と呼べないので、「電動車両」などと呼ばれる。
 電気車 も鉄道用語である。電気で動く車輌全般(電車電気機関車)を総称する。

 他にも、先発なのをいいことに、鉄道が簡潔な熟語を先取りできた、という用語がいろいろある。

 もしも、自動車の方が先に日本人の生活の中に入ってきていたとしたら、バス は「客車」と呼ばれ、トラック は「貨車」または「荷物車」と呼ばれていただろう。分かりやすい熟語が既に鉄道に取られてしまっていたため、後発の自動車は外来語にならざるを得なかった。
 鉄道用語としての 荷物車 が三字熟語となったのは、「荷車」では「にぐるま」と訓まれて別の物になってしまうし、音読みすると「かしゃ」となって 貨車 と区別がつかなくなるからだろう。あるいは、鉄道用語としての 貨物 は物資だけを送る場合に、荷物 は旅客に付随する場合に、それぞれ使われたために、明確に区別する必要もあったのかもしれない。かつての国鉄には、現在の飛行機のように、旅客が手荷物を預けて別に目的駅まで運んでもらうシステムがあった。そのために旅客列車に 荷物車 が連結されていたのである。

 既に当記事でも使っている 列車 という用語も鉄道に使う。自動車はいくら列をなしていても「列車」とは呼ばない。自動車の列は 車列 である。 

 機関車 気動車 動力車 という紛らわしい鉄道用語も古くから使われている。どれも字の意味は、何らかの動力機関を搭載して自力で動く車輌という意味なので、三つの語と語義をシャッフルしてもさし支えないはずだし、字面から語義の区別をつけようがない。言葉には意外とそういう例は多く、「自動車」と「自転車」だって、どっちがどっちの意味でもよかったはずなのだが、それぞれの用法が定着している。
 機関車 は、それ自身に貨物や旅客は載せず、客車貨車 を牽引する車輌。気動車 は、床下にディーゼルエンジンを装備して旅客や荷物を載せる車輌(いわゆる ディーゼルカー)。動力車 はもっとも意味が広く、機関車 であれ ディーゼルカー であれ 電車 であれ、自走できる動力機関を備えた車輌ないし列車のことである。
 もちろん、構造から考えて、クルマだってすべからく機関車であり動力車なのだが、用語を先に取られているし、何よりあたりまえのことなので、これらの用語はクルマには使わない。
 あえて近いクルマを探すと、牽引車 が該当する。無動力の トレーラー を引っ張るものであり、鉄道の 機関車 にあたるが、牽引車 という名称は鉄道用語で使われていなかったので、めでたくクルマ用漢語として定着している(トレーラー は鉄道でいう 付随車 だが、やはり片仮名語で呼ばれることとなった)。もっとも、鉄道にも車庫や工場の中で他の車輌を引っ張るための 牽引車 という車輌は存在する。が、あくまで事業用車であり、一般に流布している用語とは言えないだろう。
 そのせいかどうか、東日本大震災の際のTVニュースでは、被災地をヘリコプターで取材・実況するアナウンサーが、横転した 電気機関車 を見て、「これは 牽引車 ですね」とレポートしていた。他にも、TVニュースで 複々線四車線、列車の輻輳による減速運転を 渋滞 と言ったり、あるいは事故報道で「運転士はこの地点でブレーキを踏みました」などと言っているのを聞いたことがある。鉄道へのクルマ用語の汎用・浸食である。視聴者もそう言う方が理解しやすいのだろうが。 

 展望車 も古くからの鉄道用語だ。これは列車の最後尾に連結されて、大きな窓やベランダのようなデッキがあって、眺望を愉しめるようになっている鉄道車輌のことである。
 クルマの方で類似したものというと、二階建てで階上に屋根がない観光バスなどが最近出てきたが、これも外来語で オープンバス などと呼ばれる。展望車 が既に使われているからでもあるが、今どき「展望車」などという名称が野暮ったいからかもしれない。

 鉄道には 操重車 という車輌もある。これも事業用車で、事故や工事のときに車輌や資材を吊り上げる装置を搭載したものである。滅多にわれわれの眼前に姿を見せないから、当然 操重車 という語もあまり聞かれない。
 これに相当する機能を持つクルマは クレーン車 である。こっちはよく見る語だ。漢語が取られていたから、というより、外来語の方がイメージしやすいのだろう。クルマ関係には片仮名言葉の語彙体系がある程度成立している。 

 鉄道の貨車で 冷蔵車 と呼ばれるものは、クルマだと 保冷車 になる。これは漢語同士で棲み分けられている珍しい例である。

 外車 など簡潔な語だが、逆に鉄道には使われない。鉄道開業時は全ての車輌が外国製だったわけで、特に区別の必要がなかった。
 現在も外国製の鉄道車輌がないわけではないが、例外的だし、どこで作った車輌かは利用する側にはそんなに関係ない。路面電車などで、宣伝・イベント的な意味で外国製の車輌を走らせたりすることがあるが、それらは 外国電車 などと総称され、鉄道用語の方がもってまわっている。

 鉄道用語でもやむを得ず外来語となったものがある。
 タンク車 は鉄道の貨車の一種で、液体を運搬するためのタンクを装備している。タンクにあたる漢語がなかったので、鉄道用語としても外来語にならざるを得なかったと思われる。これがクルマだと、タンクローリー となる。「車」の部分を外来語にして棲み分けを果たした、これも面白い例である。
 グリーン車 も外来語の鉄道用語だが、これは旅客営業政策上呼び名が替わったもので、元々の 一等車 である。クルマにこんなものがあるはずがない。    

 元々鉄道にはない種類のクルマだから、遠慮なく簡潔な漢語で名付けられた例は、営業車 起震車 救急車 給水車 消防車 乗用車 梯子車 霊柩車(五十音順)などであろう。営業車 乗用車 は、鉄道にないというより、鉄道車輌は客の乗用であり運賃を取って営業するのがあたりまえだから、区別する名称が不要ということになろう。
 パト(ロール)カー も、もちろん鉄道にはない車輌だから、「警邏車」か何かでよかったはずだが、「警邏」という語、殊に「邏」の字が馴染みにくいため、パトカー で定着したのだろう。ただし、警察内部の正式名称としては 警ら車 も使われるようである。
 同様に、バキュームカー も、本来の用途を漢語や和語で表すよりも、外来語の方が語感をぼかすことができて、好都合なのだろう。
 ワゴン車 オートマ(チック)車 なども、外来語で名付けられたクルマだが、これらは漢語で名付けると野暮ったくなったりくどくなったりするのだろう。

 鉄道とクルマ、両方に使われる用語は、数少なく例外的である。御料車 撒(散)水車 除雪車 などがこれに当たる。いずれも限られた用途の車輌だから、紛れる心配が少ないのだろう。
 鉄道の 撒水車 は、主に路面電車で使われた。未舗装の道に埃がたつのを防ぐための車輌で、昔は軌道を運行する電車に水槽を取り付けて水を撒いていたが、やがて機動力のある自動車による撒水に取って代わられた。自動車になっても、用途は全く同じなので、撒水車 と呼ばれた。
 除雪車 は、一応両方に使われるが、鉄道では下位分類の ラッセル車 ロータリー車 の名称で呼ばれることも多い。

 同じく例外として、鉄道とクルマの両方にあるが、両者で意味が異なる、という用語もある。
 鉄道の 寝台車 は旅客を眠ったまま運ぶための車輌だが、クルマの 寝台車 は主に病気の人の運搬に使われる。わが国で、旅客営業としての寝台は、バスには認められていない。
 クルマの世界で 単車 と言えばオートバイのことだが、鉄道では路面電車で1輌だけで運行する列車のことを 単車 と言う。連接車 の対義語である。もっとも、これは広島電鉄のみの方言かもしれない。
 大型・中型など特殊な免許をもたず普通免許だけで運転できるクルマが 普通車 と通称される。鉄道の 普通車 はJRにおいては グリーン車 の対義語であるが、関西の一部私鉄では、普通車普通列車(急行列車 の対義語) と同義である。

 冗長を避けるため、収集した言葉のうち一部のみ、それも車輌の種類をあらわす語彙に極力限定して述べたが、それでも結構長くなってしまった。
 こういう言葉のせめぎ合いは、いろいろ調べていけばさらに面白そうである。

※ このカテゴリーの記事のように、まるよしの楽しい日本語の話を満載した本、ぜひお手に取ってお読みくださいね。

 『まるごと とれたて 日本語談義 -ラジオ番組『高専ライブ』で語ることばの話-』
 桐島周 2016 勝木書店 定価1500円(税込)
 
ISBN: 978-4-906485-09-3 
 (桐島周は、まるよしのペンネームです)

 勝木書店のホームページでご注文いただくのがご便利かと思います。
  http://www.katsuki-books.jp/ (書籍検索から)
 Amazon・楽天などでは購入できません。

167071880

|

« 相対的にパソコンとつきあう | トップページ | カツカレー選集(30)~ カツカレーの店 Kappa »

3.0旅行・交通」カテゴリの記事

3.3.3.0 鉄道  」カテゴリの記事

5.0ことば」カテゴリの記事

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/129332/60625014

この記事へのトラックバック一覧です: 鉄道とクルマ 言葉の取り合い:

« 相対的にパソコンとつきあう | トップページ | カツカレー選集(30)~ カツカレーの店 Kappa »