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2015年3月24日 (火)

まるよしくらぶ最後の報告

 まるよしくらぶは、このブログに合わせたわけではないが、今年度限りで終了するという見込みで、一年以上前から考えていた。
 元々、現役学生の会員がいなくなったらまるよしくらぶはやめる、と内外に宣言していたのであり、くらぶの曖昧な設立趣旨に照らしても、それは理に適っている。
 二年ほど前に、プログラマーが中退したことにより、ライブディレクターが唯一の現役生となった。もうわたしと学生との年齢差が、十分一世代、つまり親子ほど開いてきたこともあり、これ以上新規の入会希望者が現われそうにもなかったし、ライブ自身もあまりその方向で動こうとはしなかったので、そのライブがこの3月で卒業するのに伴い、まるよしくらぶは終了となるのが自然な流れと思われた。

 反面、そもそもプログラマーが突如入会希望の意志を伝えてきた当時も、乙男が唯一の現役生となっており、 しかも専攻科生になっていたから、乙男の進路選択如何では、それより前に終了していたはずなのだ。
 ライブにしたって、元々プログラマーの同級生であり、プログラマーがいたからこそ、非文化少年が誘いをかけやすかった面がある。そして、ライブが留学に伴って留年していたからこそ、今年度までまるよしくらぶの命運が延びたわけでもある。
 そうやってまるよしくらぶは、奇蹟的な綱渡りでこれまで存続してきたところがある。
 また今度もそんなことになったりしてね、などとわたしは軽く考えていた。

 ところがはたして、再び奇蹟は起きたのである。

 くらぶに対して淡白に見えていたライブも、実は今後のことを考えていてくれたようだ。わたしも、十中八九ないとは思ったが、次の新入会員を誘うとしたら、という脳内シミュレーションで、二人の候補が上がっていた。
 誰でもいいというわけではなく、学年・性別・キャラの制限は厳しい。特にキャラがどうであればまるよしくらぶに合うのか、というのは、わたしにも基準は示せないほど複雑であるし、まるよしってちょっと面白い先生だね、と思っている程度ではだめなのであり、わたし自身とのこれまでの関係も問われる。
 にもかかわらず、いや、それゆえにか、ライブとちょっとそんな話題で言葉を交わしたとき、彼が誘ってみてはどうかと考えていた人物は、わたしが候補に目していたうちの一人と一致したのである。
 ならば、と打診をライブに依頼したところ、そこそこ色好い反応であった。それで、わたしがもう一押しして、快諾を得たわけである。
 もう一人の候補者は、わたしはよく知っているが、これまで既存会員との直接のつながりがほとんどなかったため、わたしが誘うしかなかった。急にこういうわけのわからぬ団体に勧誘されてもとまどうだろうが、同世代の会員も入ることになったとあれば、抵抗も緩和されるだろう。ということで、早速こちらにも打診して、参加の意志を確認した。

 こうして、めでたく、というのか何というのか、まるよしくらぶの来年度以降の存続が決定した。わたしだって楽しいからまるよしくらぶをやってきたのであり、まずは嬉しい。
 今月に入って、年度末総会を開催した。この会合の趣旨は三つあって、乙男の大学院修了と就職の祝い、ライブの卒業と大学進学(編入)の祝い、それに二人の新入会員の歓迎、ということになる。

 昼の部には五人が集まるはずだったのだが、木こりが体調不良のため不参加となり、乙男は実験が片づかないとかで夜の部のみ参加、と伝えてきた。非文化少年は、就活の都合で今回は帰省できない。
 わたしを入れて四人というのは、カラオケにはちょっと少なめの人数なのだが、まずは忙しいながら楽しく歌えた。新人二人が、意外に古い(といってもわたしから見ればけっこう最近の)曲を歌うことが分かった。乙男の選曲と似通っている。
 わたしが歌ったなかで最もウけたのは、「学校の先生」(坂上二郎)である。この曲は、合間の台詞で先生がかつての教え子の思い出を語るのだが、この部分を実際のくらぶ会員の名前とエピソードに差し替えたのだ。
「○○はコミュ障でした。幼稚な論理を無限に循環させて、皆の時間を無駄に消費していくのです…」
「▲▲は午前と午後の区別がつかない子供でした…」
 という具合だ。教師にはお薦めの曲である。

 カラオケを終え、買出しに向かってもらうことにするが、ライブは買出しのリーダーシップをとるのが初めてなので、とまどいぎみだ。それで、そろそろ到着するはずの乙男を、買出しに合流させるよう、手配する。

 拙宅で夜の部が始まる。この時点では、カラオケメンバーと乙男の四人が参加しているわけで、先述の趣旨からすると、全員が主賓という少々おかしなことになる。
 そうしていると、給仕が到着する。参加メンバーがFacebookで出欠などの連絡をとりあっているのだが、この給仕からはさっぱり書き込みがなかった。本当に来るつもりなのかどうかも覚束ないので、到着時刻を知らせよ、とメールしたが、電話がかかってきたのは、拙宅の前に着いてからであった。こういう連絡の難が彼はいくつになっても全く直らない。人数や各自の出退の時刻は、準備をするのに大事な情報なのだが。
 買出しのメンバーが変わったので、買ってくるものの傾向も従来と微妙な変化を見せ、ちょっと面白いことであった。わたしは、恒例の神戸から取り寄せの牛肉とスィーツ、それに最近地元に初めてできたチーズの専門店で買ってきたチーズの盛り合わせも出し、概して好評であった。特に、神戸のスィーツの一部は、所属校にぴったりの形状であったため、ウケも得ることができた。
 わたしと乙男はビールやワインを呑んでいるが、クルマで来た者や未成年の者には呑ませない。近頃はこういうことがかなりうるさくなってきたので、家呑みであっても厳密にルールを守らねばならない。

 新入会員の一人は、電車で帰らねばならないため、ライブが駅まで送る。その頃には水戸支社長が駅に到着するので、駅で顔合わせをしてもらって、ライブのクルマで水戸支社長を拙宅まで連れて来てもらうことにし、ついでに食べ物の補充も頼む。
 その間に海保が拙宅に到着した。ライブらも戻ってくると、これで今回の参加者が皆登場したことになる。
 最も皆と異なる世界にいる海保が、さまざまな話題を提供するかたちで、話が静かに、面白く展開していく。

 もう、話が深更に及ぶのはこの頃の恒例である。
 わたしも眠くはなってくるが、話は楽しい。さすがに、日付が変わると、ぼちぼちと帰途につく者が出てくる。誰もが、また次回も楽しみにします、などと言って辞するのが嬉しい。既に帰宅した者からも、Facebookのメッセージで謝辞が寄せられ、話の種になる。
 遠隔地からの日帰りとか、当日も翌日も勤務があるのに顔を出す、とか、何としても会合に参加しようとする勢いの者が多いのは、頼もしい。
 けっこうビールとワインを呑んで拙宅に泊まった水戸支社長が、わたしと一緒に家を出て、最終的な解散となったのは、朝6時半頃であった。のべ十五時間以上に及んだ例会が終わり、心地よい疲れとともに乗り込んだ列車内で余韻を夢に見た。

 今後も、こんな感じでくらぶをやっていくことになる。このブログでくらぶの報告をするのはこの記事が最後だが、Facebookなどで記録をとっていくことになるだろう。

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