7.0メディア・文化

2014年5月27日 (火)

山岡との意外な再会

 『美味しんぼ』は四半世紀来の読者で、一時は単行本の全巻を揃えていたし、新刊が出るたびに買い求めて読んでいた。
 その魅力は、やはり食に関して蒙を啓かれるところにあった。豆腐や米、カレーにラーメン、と身近な食材やメニューに、これほど奥深い背景があったのか、というのが感動の発火点となっていたように思う。

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2013年10月25日 (金)

ラジオで話すということ 2

 以前の記事でもご紹介した、ラジオ番組のわたしのコーナーは、曲折の多いわたしの仕事のなかでは、比較的うまくいっている方である。これは周囲のバックアップの賜物であろう。

 このコーナーのことをひとに話すことも多いが、周囲に微妙な反応が生まれはじめたのを感じる。

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2011年9月 6日 (火)

何もないから一乗谷

 「交通広告グランプリ2011」において、福井市による一乗谷の広告が最高賞を受賞したとのことである。

 このところ、一乗谷は何かと話題になっている。CMしかり、大河ドラマしかりである。そこに今回のグランプリで一つ箔が加わった感じなのだが、これにはちゃんと必然性があったようである。

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2010年5月 6日 (木)

京風看板の陣

 京都の景観保護のため、チェーン店などの看板にも標準と異なるものがある、ということは、次第に知られてきている。

 これの一番有名なものは、「茶色のマクドナルド」であろう。京都旧市街にあるマクドナルドは、看板がシンボルカラーの赤ではなく、茶色なのである。これは街並みが派手になりすぎないように、という配慮らしい。
 写真では、ご覧のように赤と茶色の違いがちょっと分かりにくくはあるが、肉眼で見ればはっきりするほどの色あいの違いがある。

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2007年6月25日 (月)

苛立つポスター

 この頃は駅に行ったり電車に乗ったりするたびに、苛々させられるのである。

 第57回社会を明るくする運動のポスターが近頃どこにでも貼ってある。これは法務省が主宰している運動らしいが、このポスターを見ると、どうも気になって見入ってしまい、乗り遅れたり降り遅れたりしそうになってよろしくない。 何が苛立つといって、正体が分からないのだ。

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2007年3月 1日 (木)

二次創作なのか盗作なのか 下

 では、メジャー界の二次創作、下手をすると盗作よばわりされかねない事例をみながら考えてみることにする。

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2007年2月28日 (水)

二次創作なのか盗作なのか 上

 二次創作という語を初めて聞き、そういうものを論じるための臨時一語かと思ったのだが、 検索してみるとけっこう出てくるし、知らない間に人口に膾炙している概念のようだ。この概念の外延がどのへんまで拡がっているのかは当然よく知らない。わたしがこの語の字面を見てまず思いついたのは、一次創作である文学などの文章に対して、感想文章や書評がそれにあたるのかな、という国語教師らしい発想である。しかし、そうではなく、普通は、一次創作されたものの設定や世界観などの枠組を借りて、新たなストーリーなどを編んだもの、外伝的であったりパロディ的であったりするようなものを指すようである(ただ、そうと知った後でも、わたしは感想文章や書評をも含めていいのでは、と考える。通常そういうものを「創作」とは見なさないから含めないのだろうが、わたしは、そうした文章にも多かれ少なかれ創作の要素はあると思うからである)。

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2006年7月29日 (土)

「蛍の光」の使い途

 再び「蛍の光」を話題にする。

 甲子園球場で、阪神タイガースの応援団が、相手チームの投手が降板する際に「蛍の光」を歌うのが通例であった。これに対して、野球評論家でタイガースの元投手江夏豊氏が、このような相手を侮辱する行為をする者は阪神ファンではなく観戦の資格もない、という主旨の痛烈な批判を新聞の連載コラムに書いた。それを受けて、応援団では、「蛍の光」合唱を、阪神の優勢の時相手投手が打ち込まれて降板する場合に限ることにした、という。これまでは阪神の劣勢時であっても、イニング途中での相手投手の降板にあたっては必ず歌っていたというし、阪神ファンのなかにもそれを苦々しく思っている人がいたようである。

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2006年4月 5日 (水)

「蛍の光」が照らす先

> でも、日本ローカライズ版があまりに優秀で、卒業式を代表にあちこちで使われて
> いるために「日本の民謡」だと誤認している日本人は多いと思う。
> 私がそうだったし。

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http://arbitrary2.blog22.fc2.com/blog-entry-130.html

 唱歌のたぐいの訳詞には大変ウルサイ方なので、出て行かざるを得ない。

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