8.0時事・ニュース

2014年5月27日 (火)

山岡との意外な再会

 『美味しんぼ』は四半世紀来の読者で、一時は単行本の全巻を揃えていたし、新刊が出るたびに買い求めて読んでいた。
 その魅力は、やはり食に関して蒙を啓かれるところにあった。豆腐や米、カレーにラーメン、と身近な食材やメニューに、これほど奥深い背景があったのか、というのが感動の発火点となっていたように思う。

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2014年2月11日 (火)

楽曲代作とかけそば、いっぱいの観点

 楽曲代作問題の報道がかまびすしい。普通ならこんな問題はソチ五輪の報道に掻き消されてしまい沈静化するタイミングなのだが、話がソチ五輪にも絡んでいるというから、そうもならない。

 意見が割れるこういう事件には、いくつもの観点が混在しているものである。どう考えればいいのか、わたしも迷うところだ。

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2012年1月 6日 (金)

箱根の「神」に感謝

 三年前、わたしは重傷の予後と先の見えぬ病に拉がれて、失意と孤独の新年のなかにあった。初めてお節も雑煮もない正月、痛みとだるさに横臥したまま唸っていた。
 1月2日は早朝からガーゼ交換のため病院に行って疲れ果て、昼前に帰宅してテレビを点けた。2日・3日の午前中は、テレビもたいしたものをやらない。チャンネルは自然に箱根駅伝に合わせることになる。と言っても、スポーツに格別の興味もなく、熱心に観たことなど一度もなかった。
 そのわたしが、身を起こしてテレビを凝視せねばならない事態が映し出されたのである。

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2011年8月11日 (木)

送り火のこころ

 五山の送り火で、陸前高田の松を燃やす、という話が二転三転して、どうも京都側が批判の対象になるような論調が趨勢のようである。
 しかし、わたしはどうもそんな言い方をする気にならない。この話、根本がよく分からないのである。注意したいのは、京都側が放射能を理由に一旦決まっていた話をとりやめにすると決めた時点から、この件が報道されるようになった、という点である。それまでは、多くの人が、こんな話があることを知らなかったのではないか。だいたい、岩手の犠牲者への思いを、遠く離れた京都で天に放とうということにどういう意味があるのか、というところだ。
 いったい、そもそもどこからこんな話になったのであろうか。 

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2011年7月 2日 (土)

エスカレーターの流儀

 『週刊文春』誌の連載「ホリイのずんずん調査」(堀井憲一郎)が6月23日号をもって突然終了となった。最終回は一応見開き2ページのスペシャル版ではあったが、近頃の連載にそんな予兆は全く読み取れず、相変わらずACのコマーシャルを模したイラストがタイトル部にあったりしたので、唐突に感じた。

 その事情はわたしなどには分からないが、どうでもいいことを長期間にわたって詳細に調査、データ化して示してくれるこの連載が大好きだったので、惜しい。文章も軽妙でギャグが効いていた。
 一回分のための調査に半年から三年くらいもかけていることもあり、いったいいくつの調査を並行しているのか、と思うし、連載が終了すれば、やりかけで終わる調査もあるのでは、と心配にもなる。

 それはともかく、今思えば最終回近くであった790回(6月9日号)は、「「エスカレーターは右に立つ」は大阪方式だ」というタイトルである。東海道・山陽線と関西各地域の習慣を調べているのだ。面白いのでとり上げてみる。

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2011年5月22日 (日)

八百長の本質

 地震の影ですっかり忘れられつつあるような八百長だが、技能審査場所などが開催されて、細々議論は続いている。
 当ブログでも、野球賭博問題に関して意見を述べた(昨年6月の記事「相撲は仕切りなおせ」)が、何かうまく言い尽くせないものを感じていた。八百長についても同じ考えなのだが。

 それが、今週(5月26日)号の『週刊文春』の連載「ホリイのずんずん調査」を読んですっきりした。やはり相撲などの伝統文化と濃厚に接してきた方は違うな、と感心した。

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2010年7月16日 (金)

必殺のやり方はあり得ない

 どうも、わたしが期待したのとは逆の方へ逆の方へものごとが進んでいくようである。自分の天の邪鬼は自覚しているし、皆が納得するベストの方法が定まるものではないことも分かっているが、もう少しまともに針路を見さだめてほしい、と思う。

 
 まずは山陰線、もとへ、参院選である。こういう結果はまあ予想はされたのだが、わたしはなんとか民主党にリードしてほしかった。誤解しないでほしい。民主党を支持する、という単純な話ではない。

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2010年7月 4日 (日)

「タレント候補」は保留

 タレント候補もしくは有名人候補と呼ばれる候補者にもいろいろなケースがあるから、一括りには論じられないと思うのだが、昨今のタレント候補に対する漠然とした違和感の正体は何なのであろうか。

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2010年6月22日 (火)

相撲は仕切りなおせ

 ここまできたら、とりあえず名古屋場所は中止した方がよろしい。全てを刷新して出なおす、というくらいの気概を見せないと、ファンも国民も納得しないのではなかろうか。

 大相撲に野球賭博その他が蔓延していたことについては、わたしは同情しないでもないのである。

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2010年4月 4日 (日)

馬の死に感ず

 上げ馬神事において転倒した馬が死んだ。このニュースを聞いて、また複雑な議論になるなあ、という感じがした。このことにはいくつもの観点と価値観とが入り組んでいるため、なかなか合意をみるのは難しいだろう。
 上げ馬神事は、姉妹ブログ『まるよし電車区』の「下道バス帰省」シリーズでもふれている三重県多度大社(桑名市)のものが有名だが、今回の事故は、東員町の猪名部神社で行われた神事において起きている。

 わたしの考えは一応あるのだけれど、それは世間の標準とは多分ずれていると思うし、標準がそもそもないのかもしれない。
 この課題は、少なくとも三つの観点から考えねばならない。

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