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2007年2月 9日 (金)

私的解題(16) 「いい娘に逢ったらドキッ」

 タイトルを聞いただけでおちゃらけたムードが伝わってくる、サッコナンバーでは異色の曲である。この曲が流行った時にはわたしも中学に上がっていたので、さすがにはっきり記憶に残っている。生意気盛りの男子どものなか(わたしは断じて含まれない)には、卑猥な替え歌にしたりして歌っている者もいた。

 わたしは、わが国のヒップホップの嚆矢はこの「いい娘に逢ったらドキッ」ではないのか、と思って、音楽に詳しい友人に訊ねてみたことがある。しかし、答は意外なものだった。

「違います。日本のラップの元祖は、トニー谷です」
「トニー谷?」

 そう、あの あっなたっのおっなまっえなんてーのっ に先を越されていたのである。ラップが計算用器具を伴奏として始まった国は世界でも日本だけであろう。

 そうはいっても、「いい娘に逢ったらドキッ」の前奏と間奏に入っている男声のナレーションは、相当なインパクトであった。女性アイドルの曲に男声ナレーションが入るのも、そのナレーションが曲のリズムに乗っているのも、当時の流行歌としてはかなり突飛だったのではないか。しかも、このラップ的な いい娘に逢ったらドキッ のナレーションに先立って、何か好色そうな唸り? まで入っていて、投げやり気味に軽薄な女声コーラスと相俟って聴く人をおちょくっている。このナレーションの声をオリジナルのレコードで担当しているのは、現在もレポーターなどで活躍する神太郎さんである。
 「きみ可愛いね」に続くシングルとして発売されたのだが、やはり「きみ可愛いね」のヒットを受け、アイドル路線を継承しながらひとひねりして目先を変えてみた曲ということになるだろうか。ボーカリストとしてのサッコさんを評価するファンの間では、正統派を大きく外れたこの曲に対する評価が分かれたようである。実際、例えば笑福亭鶴瓶さんのように、VOW的ぶっとび曲というか、笑える曲として引き合いに出す人も少なくないようだ。

 では、この曲にはサッコさんの卓越した歌唱力が活かされないのであろうか。とんでもない。カラオケでこの曲を歌ってみるとよろしい。この曲を音程を外さずに歌うのは至難なのである。

いい娘に逢ったらドキッ
それは普通の感情なんだ
だから私は怒らない
怒らない

 初めの主題部からメロディは上下動が激しく、気を抜くことができない。女の子のちょっと可愛げに拗ねた感じの屈折した感情をこのメロディに乗せて表現するのは難しい。
 この部分が済んでほっとする間もなく、さらなる難所、いわゆる中サビが待ち受ける。

まぶしい季節だもの
きれいに見えるでしょう
すれ違いのオーデコロン
ツンときくでしょう

 細かい符割りとなるうえ、正確にリズムに乗らないと決まらない。各行の最後が高く跳ね上がる。途中で外してしまうと歌全体がぐだぐだになってしまいそうである。わたしはカラオケで何度歌っても、きくでしょう の部分の音程がちゃんととれないでいる。
 ここで間奏に入り、またコーラスと唸りが来て、主題部のメロディに戻る。さっきは怒らなかった主人公、今度は、

少しいやみもいいたいわ

と拗ね具合がアップしている。女の子の、怒らないからいいわよ、という言葉を真に受けていてはいけないのだぞ、という教訓を男性に与えてくれている。
 この二回目の主題部の後は、中サビではなく本サビに直行する。

あなたの心は今 私を忘れている
手をつないでいても それがわかる

メロディは一転ゆっくりとしたものになるが、苛立ちを含んだ感情が募っていく。それがわかる の部分に来ると、もう腹立たしさ満開にまで昂ってくるから、表現が難しいところだ。
 ところがここから女の子は突如彼氏を責めるのを止め、甘え攻勢に転じる。

お願いよ お願いよ お願いよ お願いよ

この曲で一番かわいこぶる部分であり、それなりの声の出し方になる。
 そして、締め。

このままじゃ私も誰かにドキッとするわ

甘えても埒があかない彼氏に、今度は脅迫でとどめを刺す。最後のは「青い鳥逃げても」のとはまた違う意味で、目の醒めるようなパワーが炸裂することになる。
 ここからまたナレーション入りの間奏を挟み、今度はあの高音の中サビにいく。そしてまた唸りつきの間奏を経て主題部へ。三回めとなると、

だけど私は許せない

となる。 拗ねるのを通りこし、もはや苛立ちが臨界に達しようとしているので、彼氏はいいかげんに主人公の方を向いた方がよい。このタイミングを誤って、有史以来どれだけの男が振られてきたことか。
 しかしこの後はまた本サビの甘えにいき、脅迫で締める。このアメムチが延々繰り返されてフェイドアウトして曲が終わる。なかなか恐ろしい。

 曲の構成はABACBACという何とも複雑で変則的なものになっているわけである。めまぐるしくその色合いを変えていく心理をサッコさんの歌唱は丹念に辿っていき、正確な曲の輪郭を浮かび上がらせてくれるのである。一曲のなかでこれほどさまざまなタイプの歌唱の味をみせてくれるというのはあまり他に例がない。意外にも、サッコさんの歌唱力が最も発揮されている曲なのではないか、とわたしは思う。しかるに、オフィシャル彩図のディスコグラフィでサッコさんは、まー軽く、軽く歌おうかなって感じ などと語っておられる…。さすが天性の歌姫である。

 リアルタイムにヒット中の頃、バラエティ番組のゲストに出てこの曲を歌うサッコさんの姿が印象に残っている。神太郎さんがずっとサッコさんに随いて回るわけではないので、生バンドで歌う時には誰かが代わりにナレーションを入れないといけないわけで、マネージャーさんがそれを務めることが多かったのではないかと思われるが、その時も、神さんとは似ても似つかぬ甲高い声でナレーションが入った。
 それで調子が狂ったのかどうか知らないが、ナレーションが二回繰り返されてから歌に入らねばならないところ、サッコさんは一回めのナレーションが終わってすぐ歌に入ってしまった。直ちに間違いに気づき歌を止めたサッコさん、頭に手をやってぺろりと舌を出した。客席はやんやの拍手だ。一緒にTVを観ていた母は、「こういうとこは普通の女の子やね」と呟いた。歌に入る前の緊張した表情とのギャップが可愛かったのである。何かこういうトチリがあっても悪びれずまた憎まれもしないところが、人柄なのだろう。

 現在でもけっこう人気のある曲のようだが、ライブで歌われることは少ない。ちょっと他の曲と並べたときに雰囲気が違うからかもしれない。
 だが、30周年追加公演の時は歌ってくれた。この時の伴奏はストリングスとピアノというクラシカルなスタイルだったので、この曲のアレンジには苦労したと思われる。弦はピチカート奏法を多用してポップ感を演出し、サッコさんの笑顔を支えていた。もちろんサッコさんの声はレコードの時よりもさらに彩り豊かに表情がついていた。
 わたしも、早いところカラオケでつっかえずに歌えるよう、練習に励みたいと思っている。学生にはけっこうウケそうな曲だし。

記事中、「いい娘に逢ったらドキッ」(作詞:阿久悠 作曲:三木たかし)の歌詞は、『なんてったってアイドルポップ ~つぶやきあつめ』(伊藤咲子 1993 東芝EMI)の歌詞集による。

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