シングルCD『静かに、愛がとび立つわ』
表題曲の作詞は、阿久悠先生である。サッコさんのために書いていた詞がこのほど見いだされたため、この遺作に合田社長さんが曲を付けたものである。
大人のサッコを想定したなかなか抽象的な詞である。
愛はとび立つ と聞くと、なにかポジティブに愛が発展していくかのような印象も受けるが、そうではない。愛は逃げる と 愛はとび立つ が並んでいて、それが 静かに 起きるということは、知らない間に失われてしまう、という哀しみを歌っているのだ。
大人の愛を歌っているのだが、官能的な通じ合いのどろどろした世界ではなく、さらにその先を目指しているものである。
くちびる重ねながら だけではなく、こころを海にしましょう という。海 は、全てを恕し、受け入れる大きな心のことだろう。そこまで相手を全面的に受け入れるほどの度量を具えていなければ、愛は逃げてしまうのだ。
同様に、甘いだけの歓びのあとでは という官能的な世界を通り抜け、見つめるだけにしましょう となる。話したい思いおさえ だから、言葉さえも否定する。心と心の信じ合いだけが愛の本質なのだ。これはかなり高次元の愛といえよう。
無償の愛というか、男女の愛をも超越した、家族愛・友情・師弟愛、そういったものとも通じる、全ての打算と衝動とを超えた愛だ。迷いと苦悩に満ちた「女の歌」の世界からは、何段階も昇っている感じがする。アレンジや曲調はあれに近いのだが。阿久先生も、ちょうど今くらいの年齢のサッコを想定したのかもしれない。
2番の 花びら飾りましょう も、言葉でも形でもない、相手をいとおしみ敬う心のことだろう。それを 裸の胸の上に というのだから。
激しさを通り過ぎて/信じるだけにしましょう/形だけの情熱はいやだわ、時に言葉も嫌い と同じ趣旨がくり返される。そういう境地に達しないと、愛は 二度と呼べない空へ/窓を開いて逃げる のである。
ラストは 静かに が何度もリフレインされる。
言葉は、何をどう語っても宿命的に嘘が含まれてしまう。言葉にした途端に嘘になる。こうして一緒にいる二人の「事実」だけが確かなものなのだ。
従って、他のいくつかのサッコナンバーと同じく、このタイトルは謎かけのようになっていることが分かる。
タイトル「静かに、愛がとび立つわ」の意味を取り違えてはならない。静かに は とび立つ にかかるのではない(それを示すための読点である)。「静かに(しましょう。そうしないと)、愛がとび立つ(ことになる)わ」という、愛しい人へのささやきなのである。
メロディは淡々とした飾り気のないものである。そのなかにも、歌詞との相乗効果で、愛の儚さと尊さとが伝わってくる。
愛はとび立つ のところは三連符でなだらかにメロディが下降する。どうしようもなく崩れてしまう愛の哀しさが表されている。逆に 思いおさえ と 通り過ぎて の部分は、なだらかに上昇していく。高みに昇っていく決意が宿ったメロディだ。
後半の 愛は臆病だから 以下は、ほとんど切れ目もなく畳みかけるようにメロディが迫ってくる。リズムも、何か心を急かせるようなアレンジとなる。ここもやはり、なすすべもなく愛をこの手から逃すことになる焦燥を感じることができる。
サッコさんの歌唱も、淡々としていて、激情をスパークさせることはない。丁寧に丁寧にメロディを辿っている感じ。
元来サッコさんの歌い方は歯切れがいいので、歌詞も聞きとりやすい。ただ、ラストのリフレインは、消え入るように収束していく感じになるのか、と思ったら、やっぱりあくまで歯切れがいい(笑)。これはCDの限界かな、と思う。ライブだと、このあたり的確な表現と演出がなされるのではないか、と期待する。
ぜひ一度、ライブでも聴いてみたい曲である。
カップリング曲の「きっといい恋できますね」。
薔薇という字が/あなた 書けますか/もひとつ 憂鬱と/いう字はどうですか で思わず笑ってしまった。漢検準1級レベルの書き取り問題を歌詞で出題されるとは思わなかった。そして、この二つの漢字が書ける人と/恋をしてみたいと/思っていました という。わたしは合格だな、と密かに満悦。
さらに、それを「スラスラ」書けた相手に、あなた 心がありますね ともいう。これはなかなか深い。
敢えてむちゃくちゃ画数の多い熟語を出題したのは、これを書くのにそれなりの時間がかかることに意味があるのではないか。
Web上には、ひとをいたずらに傷つけるばかりの、「心がない」文字が横行する。
たとえば、殺 なんて字を書き込むのに、Webでは一瞬だが、手で書こうとすると時間がかかる。書いているうちに思いとどまることもある。少なくとも、考える時間がある。そんな話を聞いたことがある。同様に、薔薇 という字を手で書いている間、美しいイメージがその人の脳裏に浮かんでいるだろう。憂鬱 と書くのにかかる時間、悩みひしがれる人の思いに寄り添う気持ちになれるだろう。そんな心をもった人だからこそ、恋したくなるのだろう。
あなたはほほえんで「そう」と言った とある2番の歌詞の「そう」とはどういう意味だろうか。そうだね という賛同でも ありがとう という感謝でもない。この「そう」は、語り手のこのユニークな視点を単に受け入れる そう(なんだ)のように思う。語り手も、受け入れてくれるだけでいいのだ。論評は求めていない。
まるで試験に答える顔をして ということで、この あなた は試験に合格したわけだろうが、試験 という言葉を出されると、まさに漢検だ。単に漢字を覚えることではなく、その裏にある心までを読み取ることができるなら、漢検の級を取る意味もあるというものだ、とこれは、わたし自身が漢検を取ってきた過程をふり返って実感していることだ。
というわけで、この曲は、漢検のイメージソングにぴったりだと思うので、漢字検定協会に推薦したい(笑)。
なお、鬱 の字の書き方は、林の中で缶詰開けて、蓋をした弁当箱に米、スプーン1本・箸3膳 とわたしは覚えている。
ボーナストラックは「ひまわり娘」である。やはりサッコさんのCDというと、これは外せない、となろうか。
アレンジはオリジナルだが、それに今のサッコさんの歌唱を重ねているので、ライブで聴くのに近い感じである。
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